シンデレラ 番外編
〜めでたしめでたしのその後2〜

 

 

 

 


その夜、ラクスに発破をかけられた単純なアスラン王子は、チャンスを覗い続けました。
夫婦の営みのあれやこれを教えるにあたって彼の経験値はそれはそれは話にならないほどの低さではありましたが、
ここで逃げてはまた明日も逃げてしまうと、覚悟を決めたのです。
カガリが風呂からあがり、タオルで乱暴に頭をふいている一瞬のスキを見逃しませんでした。
「カガリ・・・」
「わ、わわ!なんだ!?」
なんとかロマンティックな雰囲気にもっていこうと、アスラン王子はカガリ姫を抱きしめるとその耳元で優しく名前を呼びました。
そして反撃する間さえ与えず、その愛らしい唇を奪ったのです
「ん〜っんっ」
あぁなんということでしょう。大変です。いきなりアダルティな展開です。

ぼんやり霞む頭の隅で、アスラン王子はふと思いました。

・・そういえば、キスをするのだって初めてだ。

アスラン王子はおはようとお休みの時にこっそり口付けていたものの、それはいつも彼女が夢の中にいる時のことでした。
こうやって瞳と瞳をあわせての口付けなど・・・式の当日さえなかったのです。
なんという夫婦だったのでしょうか。新婚だというのにキスすらなかったのでは、愛を疑われてしまって当然です。
ここはなんとしても男を見せ、二人の仲を一歩も二歩もすすめなくてはなりません。

「ん〜・・・!はぁ、はぁ!・・あ、あすっらん!」
ようやく離れた唇から荒い息をもらしながらも、カガリは非難の声をあげました。
優しいアスラン王子は、自分が嫌がることなんて・・・こんなことすぐにやめてくれると思ったのです。

しかし・・・アスラン王子の様子がいつもと違ったのです。
彼はやめるどころか何度も瞼に口付けてきながら、抱きかかえるようにそっとカガリ姫の身体をベッドに横たえさせたのです。
何かが起こる・・・鈍いカガリ姫もすぐにわかりました。だからカガリ姫は、もう1度濃厚なキスがくる前に顔を青くして叫んだのです。

「きょ、今日はダメなんだ!!!ダメ!ダメ!!」

「え・・・?」

何がダメだというのでしょうか。
必死に抵抗しはじめたカガリ姫に、キスをするのに夢中だったアスラン王子はようやく顔をあげ、彼女の瞳を覗き込みました。

「今日は・・・あの日なんだ」

「え・・・」

一瞬、何を言われたか理解できませんでした。それでも・・

「だから・・ダメだってば・・・」

ほんのり紅く染まったカガリ姫の頬を見て、その発言の真意に気付いたアスラン王子は抑えつけていた手をぱっと離しました。

「う・・・わ!ご、ご、ごごめん!」

アノ日・・・経験値の全くない王子だってそれが何の日を指すのかわかります。
カガリの気持ちを無視するかのように初めての日を少し強引に事を押し進めていたことに気付いて後悔しました。
熱く燃えあがった心のうちを沈めさせることは容易なことではなさそうでしたが、
今はカガリ姫の心を傷つけないようにすることを優先しなくては。
それにカガリはちゃんと理解してくれていたのです。
これから行おうとしていた愛の確かめ合い方。
子供だと思っていましたが、彼女ももうちゃんとした大人で、自分の言わんとしていたことをわかっていくれたのです。

ーー今日はそれだけで・・・それだけでいいじゃないか。

アスラン王子はそっとベッドから起き上がりそのままベッドの脇に腰を落としました。
「すまない・・・俺、急ぎすぎたみたいだ・・・」
5日も我慢してる王子が言いました。
恥ずかしくて、顔を見合わせることができません。
そんな王子にカガリは・・・
「もういいよ、怒ってないからさ」
と優しく応え返してくれたのです。これこそ、王子が烈しく惹かれた母性であります。
少女のように胸をキュンとさせながら、王子はカガリ姫に甘えるようにたずねました。
「俺のこと・・・嫌いになったか?」
「ばーか、なんでだよ!ちゃんとケバブの次に好きだぞっ」
「・・・そうか!」
ケバブに対するライバル心もいつもはちょっぴり切ない台詞も、落ち込んでしまった今はただただ素直に嬉しいものです。
ケバブの次に好きっていうのも実は、今流行りのツンデレとやらで、愛情をうまく表現できないだけの気がしてきたのです。

同時に、しっかりとした約束が欲しくなりました。
それは、結ばれたいと願う気持ちが自分だけのものでないことを証明したかったからかもしれません。
「あ、あの日が終わったら・・・その・・・俺と、し、し、してくれる、かな?」
もう少しうまい誘い方もあったかもしれませんが、アスラン王子にはこれが精一杯でした。
「うん!いっぱいしような!」
にっこり笑いかけてくれたことが嬉しくて王子はカガリ姫の右手を絡めるようにとり、その指に小さく口付けしました。
どんなお姫様だって、そんなことされればうっとりしてしまいますが、まだまだこういうところはお子様のカガリ姫様、
くすぐったそうに身をよじっただけでした。
そんなカガリ姫さえも愛しくてたまらないアスラン王子が、もう1度、今度は唇を奪おうとした時でした。
「プロレスごっこはまた明日、な?」
「ん?・・・プロレス・・・?・・・あぁ!」
なぜ今プロレスなんて言葉がでてきたのか、すぐにはわかりませんでしたが彼女なりの遠まわしの照れ隠しの表現だと思うことにしました。
王子だってはっきり○○とは言えませんもの。


「さーて、じゃ、そろそろ準備するか〜!」
「準備?」
「うん♪」
最後まですすめることはできなかったとはいえ、せっかく王子の努力が実った甘い雰囲気が、カガリ姫の元気な一声で一蹴されました。
それでもニコニコしている彼女にイヤな思いを持つはずもありません。
今日のアスラン王子はいつもにもまして寛大です。なぜならカガリ姫が約束してくれたのです。
次は絶対結ばれよう、と。
もう襲いたくてたまらないのを必死で王子は我慢してます。がんばれ、がんばれ王子!
―――今日は我慢だ。
今日も我慢してる王子が力強く心に誓いました。

 


彼女の言う準備というものが何なのか想像すらできず、なんのことだろうと疑問に思いながらも、尋ねる間さえなくカガリは寝室を出ていき、
その数分後、右手に缶ジュース左腕でお菓子を二袋抱え込んで寝室に戻ってきました。
「今日、な〜んの日だっ」
「え?あ・・えーーっと」
可愛らしく尋ねてきたカガリ姫。
突然のことですぐに答えは思い浮かびませんでした。
すると、アスラン王子が答える前にカガリ姫がヒントを出してくれたのです。
「ふふ、結婚して何日目でしょーか?」
「え!!・・・5日目だ・・・!」
「せいかーい!」
「カガリ・・・!カガリ!」
およそ記念日なんて興味なさそうな彼女が、実は一日一日を大切に思い、わずか5日目の今日のこの日さえ愛しく感じてくれているのだと・・・
もしかして・・・両手のお菓子とジュースは、結婚六日目記念の2人だけの甘いパーティでも開いてくれるのかもしれない、
そう王子は思ったのです。
なんと嬉しいサプライズでしょうか・・・!
この愛が一方的なものではなく、きちんと繋がっていた事がこんなにも嬉しいなんて・・・王子は心の中で感涙しました。

その心の内を素直に伝え様とした時・・・耳を疑うような言葉をカガリ姫は口にしたのです。

「結婚して5日目だろ〜?ちょうど今日がレシーブNO1の再放送の日なんだ〜!」

「・・・・・・・え?」

結婚して5日目と、アニメの再放送、一体なんの関係があるのでしょうか。
これはもうアスラン王子が愚鈍という言葉では片付けられないほど難しい問題でした。
でも、ぐるぐるぐるぐる悩む前に、どうしても、どうしても1つ気にかかることがあったのです。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
「ん?コンソメ味ポテチは私のだぞ?」
「そうじゃなくって!」
どこかずれまくってるカガリ姫。お菓子の味なんてどうでもいいのです。

 

王子が気にかかってしょうがないこと、それは・・・

 

「あ、アノ日ってもしかして・・・!」

 

まさか・・・まさかとは思いました。彼女の指すアノ日とは、女性特有の日でもなんでもなくて・・・

 

「レシーブNO1再放送の日」

 

「がーーーーーーーーーん!!!」

 

はい、その、まさかでした。

 


王子は金槌で叩かれたかのような強い衝撃を頭に感じました。いいえ、それはきっと心に。
先ほどまで身体中に感じていた幸せは一体どこにいってしまったのでしょうか。
カガリ姫は罪な存在です。王子をこれほどまでに喜ばせては苦しませてしまうのですから。
でも無邪気でお子様な姫には、そんなことを理解できる様子もなく・・・
「この部屋のおっきなテレビで見たかったんだ〜!あ、はじまるっ」
すでにかぶりつくかのようにテレビ前を陣取り拳を握って食い入るように画面に魅入っていたのです。


♪ちゃらちゃらちゃら〜くるしくたって〜
今、この世で1番苦しんで悲しんでるのはアスラン王子でしょう。
感涙がマジ本泣きに変わろうとしているのも知らず、カガリ姫はテレビから流れ出す音楽とともに元気に主題歌を口ずさんでいました。
「か、かがり・・・」
「うるさーい!今、うたってるんだぞっ」
「・・・・」
アニメ本編どころか、アニメ主題歌にも負けた可哀想過ぎる王子・・・。
「やっぱりレシーブNO1はサイコ−だな!私ケバブの次に好きなんだー!」
王子、さり気なく格下げです。


「か、かがりっ」
ハチ公のように大人しく正座してCMがくるのを待っていたアスラン王子が、タイミングを見計らってカガリに声をかけました。
「き、君は・・・君は結婚の意味をわかっているかい・・・?」
「3食昼寝つきの仕事だろ?」
CM中なのでカガリは答えてくれました。
「・・・・・・・・・・・な、そ、そんな!そんな・・・・・・っ」
「アスラン・・・?」
しょぼくれた王子の姿を見て、カガリも何か感づいたようです。アホな子ですが、人の気持ちはわかる子ですから。
「あ、安心しろ。プロレスなら明日やってやるって言ってるだろ、な?」
でもどこかずれています。

それがカガリ姫でした。カガリ姫の知力・・というより性の知識を信じた王子がバカだったのです。
なんせ彼女の瞳は疑うこともなく先ほどの行為はプロレスだと言っているのですから・・・

「もう・・・いいよ・・・」

知識だけなら、これからいくらでもどうにでもなったでしょう。
王子も経験値0なのですから2人でレベルアップしていけばいいだけのことだったのです。

けれど問題は・・・カガリが愛し合うということを理解していなかったこと。
自分は愛されてなどいなかった・・・。
その現実が王子を苦しめました。
どんなに想っても想ってもこの気持ちは一方通行だったのです。
そんなことにさえ気付かなかったバカな自分。
さようならを伝えることができないほど愛していて、今はただどうすればよいのかわからずに王子は立ち上がりました。
そしてのろのろふらふらしながら部屋を出ていこうとしたのです。

「え?え?」
項垂れながら部屋をでていく王子を見て、カガリは慌てて声をかけました。
「あ、アスラン?怒ってるのかっ?なんでっ」
「・・・・・・」
怒っているのではありません。絶望しているのです。
「ハハ・・・おやす・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うわぁああああああああああああん!!!!」
かっこよく夜の挨拶をキメて部屋を出ていくはずだったのに、
堪え切れない涙が溢れだし王子は脱兎のごとく勢いよく部屋をでてゆきました。

「な、なんなんだよぉーーっっ!!!あすらーーーーんっっ」

その後姿に、カガリ姫は叫びます。
なんだかとんでもないことになったと、その時に初めて気付いたものの時すでに遅く。
アスラン王子は振り返ることもなく、こうして2人の5度目の夜が過ぎていったのでした。

 

 

 

 

あれからカガリは部屋を出ていってしまったアスランのことばかり考えてしまい、
あれほど楽しみにしていたレシーブNO1の放送内容も頭の中にはいってきてくれませんでした。
彼女には似合わないため息も何度も何度もついてしまうのです。
今日であの晩から2日目でした。あの時から王子は2人の寝室で寝ることはなく、客間で睡眠をとっていたのです。
それどころか姫とは目を合わせてくれなくなりましたし、話しかけても上の空の返事しかしてくれないのです。
カガリは窓際のロッキングチェアに腰掛け、アスランのことを想っていました。
―――アスラン・・・コンソメ味食べたかったのか・・・?
違います。


さて、そんなおかしな事態に気付かないヤマト夫妻ではありませんでした。
あの晩、間違いなく二人に何かあったということは聞かずとも想像できたのですが、
夫婦のことは夫婦で解決するものだと暫くはただ見守っていたのです。
しかし幾日経とうとも2人が仲直りする様子もカガリが元気よく庭を駆けずりまわる姿も見られず、先に痺れをきらしたのはキラでした。
これ以上、元気のないカガリを見ているのは辛くてたまらなかったため、なんとか元通りになってほしいと
キラとラクスは3時のお茶にカガリを誘い、そこで事の発端を尋ねてみようとしたのです。

「カガリ、ねぇ、いい加減僕たちに話してくれない?」
「・・・」
いつもなら自分の身におきたできごとは楽しそうに話してくれるのに、今回ばかりはそうはいきませんでした。
人の目を見て話すカガリが顔をあげようとさえしません。どう見ても落ち込んでいます。
口を噤んで寂しそうに、眉を下げてまたため息をつきました。
「・・・」
「・・・」
キラとラクスは互いに顔を見合わせました。こんなカガリを見たのは初めてで、もうお手上げ状態かもしれません。

だからキラは、最終手段とばかりにこう言ったのです。

「じゃ、じゃあさ!気晴らしに外出しようよっ!おいしいケバブの店見つけたんだ!」

ケバブ・・・それは魔法の言葉。

これさえあればカガリはすぐに機嫌を取り戻してくれたのです。
想い出撮影用にスクール水着を購入したことで兄妹喧嘩した15の夏、カガリの着替えをこっそり覗いてしまった16の冬、
防水デジカメ片手にいっしょにお風呂に入ろうとしてボコボコにやられた17の春・・・
そのどれもがケバブと言う言葉を持ち出せば、そんな過去なんてなかったかのように笑い合ったあの日々。
まさしくケバブはヤマト妹にとっては魔法だったのです。

今回だってそれは有効だと思っていたのです。しかし・・・
「・・・食欲、ない」
「えええええぇぇぇえ!!??」
想像もできなかったありえない返答にキラは腰が抜けるかと思うくらい驚きました。
「か、カガリ、病気!?」
「違う・・・病気じゃない・・・病気じゃないんだ・・・でも苦しくて・・・」
カガリは胸を両手でそっと抑えました。
アスラン王子とうまく話せなくなってからずっと、ここが痛むのです。
ぎゅうっと締め付けられるような、時折遠目で王子を見かけるとその痛みはもっと増し、そんな感覚ははじめてで対処の仕方もわかりません。
「ど、どうしよう、ラクス!?絶対病気だって!ううん、明日ヤリが降ってくるかも・・・!?か、カガリ死んじゃったらどうしようーーーー!!」
「落ちついてくださいな、キラ」
慌てる夫をよそにいつも冷静な妻ラクスはとりあえずキラの叫びを無視してカガリに問いかけました。
「カガリさん、もう少し、今の気持ちを教えてくださいな」
「今の・・・きもち?」
「はい」
優しい微笑みに、カガリは重い口を開きます。
「くるしいよ・・・くるしいんだ、アスランのこと思うと胸が痛いんだ!」
胸のうちを打ち明けたカガリを安心させるように、ラクスはもう1度微笑みました。
「では、アスランと1度お話されてみては?」
「だって・・アスラン、私のこと嫌いみたいなんだ・・・話もちゃんとしてくれない」
カガリ姫の胸がまたきゅっと締め付けられました。あぁ、この気持ちはなんなのでしょうか。
「えー?そうなの?女なら誰でもよかったの!?やっぱり偽装結婚!?
カガリ別れたほうがいいって!こんなに可愛い子を前にして男にならない男なんて男じゃないよ!」
キラの意味不明な論説も虚しく響き渡るだけ。


どうやらアスラン王子とカガリ姫、この2人は完全に終わってしまったようです。
せっかくの優雅な生活も残りはほんのわずかかと思うと寂しくもなりましたが、
キラはもともと、顔と財力さえあればカガリのお相手は王子でなくともいいと思っていたのですんなり諦めることもできそうでした。
けれど、のんびり隠居生活を送り続けるには財源だけでも確保しなくては。
「こうなったらさアスランから慰謝料ふんだくるだけふんだくってトンズラしちゃう?」
「だから私はどこも悪くないってば」
「一応、つっこんどく。医者料じゃないからね」
さすが兄。妹のアホっぷりに手慣れています。
「あーもう、常識は教えてきたつもりなのに、なんでこんなアホな子に育っちゃったんだろ。ね、ラクス?」
「・・・」
「ラクス・・・?」
アホで可愛い・・・いつもの愛あるツッコミが飛んでくるとばかり思っていたキラは、
真剣な眼差しで何かを考え込んでいるようなラクスを見て言葉を失いました。
もしかしたら、その明晰な頭脳で本気で莫大な慰謝料を算出しているのではないかとさえ思ったのです。

けれどラクスの思惑は別のところにありました。

「キラ・・・席を外していただけません?わたくし、カガリさんと二人きりでお話がしたいのです」
「え・・!?2人で?」
「えぇ。女同士で」
「お、おんなどうし・・・っ」
女同士、甘美な響きにキラはごくりと生ツバを飲み込みました。何を考えているのですか。
「ぼ、僕も・・・」
「ふふ、ダメですわ」
「えーーー、いいでしょ〜」
「ふふ、ダメです」
「おねがーい。3人でしようよー」
「ふふ、いいから出てけ。」
「はい」

この夫婦も妻が強いようです。というより、彼女より強い人間が存在するはずないのです。

 

やっとカガリと2人きりになることができたラクスは、部屋の端に存在感たっぷりに存在していたアンティークの食器棚へと向かいました。
ここに置いてあるのは、ザラ家の厨房から目利きしながらいくつかこっそり拝借してきたものばかりです。
拝借してきたというティーカップは、世間一般でいう泥棒、というものではありましたが、
ラクスにしてみれば、あなたのものはわたくしのもの、わたくしのものもわたくしのもの、つまり世界はわたくしのものですわ、
という崇高な精神の持ち主ですので世間の常識なんて通用しません。

高そうなティーカップがずらりと並んでいる中で、1番お気に入りのカップを手にしてから振り向きました。
「お茶はカモミールティーなんていかがです?」
「なんでもいいや・・・」
「では、そういたしましょう。とてもリラックスできるのですよ」
そう言いお茶の準備を始めたラクスを、いつもなら好奇心旺盛なカガリはじっと見ているはずなのに、
やはり今日は沈んだまま顔をあげることなくため息をついています。

女同士の楽しいはずの会話も途切れて数分後、
「・・・さぁ、どうぞ」
目の前に置かれたティーカップから香る、紅茶のよい香り。
小さなティースプーンを手に取りました。
けれど、それはとても美味しそうなのに手をつけることなく、カガリはただティースプーンで紅茶をぐるぐるかきまわしてるだけです。

まるで今のカガリのようでした。ぐるぐるぐるぐる、彼女ならそれをハツカネズミと呼ぶのでしょう。

「ねぇ・・・カガリさん。アスラン王子のこと、どう思っていらっしゃるの?」
「どうって・・・どうって・・・」

唐突な問いかけに、返す言葉がつまりました。
今、カガリはそのことで悩んでいました。アスラン王子に対するいろいろな想いが交差して自分でもわからなくなってしまっているのです。
笑ってくれない彼に本当は怒ってるはずなのに、ただ寂しくもあり、泣きたくなる、言葉にできない想い。
言葉につまって何も言えなくなり、カガリ姫は苦しそうに胸をおさえました。王子を思うと痛む、この心。
ラクスはふっと笑って、姫に優しく言います。

「恋・・ですわね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こい?」

「そうですわ」

聞きなれない単語にカガリ姫の反応速度は鈍ります。

「違いますか?・・違うのならお別れしたほうがいいかと」
「え!!」

お別れ、その言葉に過敏なまでにカガリ姫は反応しました。
いつかアスラン王子にその言葉をつきつけられるんじゃないかと、ずっとびくびくしていたのです。
「い、いやだ!!アスランと離れたくない!!」
もし、さようならといわれたらどうしようか、そんなことも考えたりしていました。
けれど考えると心が痛んでしょうがなくて、そんなことはないと何度も何度も自らに言い聞かせるようにしていたのです。
「私はアスランが好きだ!いっしょに居たい!!ずっといっしょにいるんだ!!!」
「あらまぁ」

恋、というものを理解していなくとも確かに感じている姫を見て、ラクスは確信しました。
「そのお気持ちがあれば大丈夫です」
ふんわり微笑んで、落ち着かせるように続けて言いました。

「結婚とは、恋におちた男と女がするものです。カガリさんはちゃんとアスランと恋におちたのです」

「私が・・・アスランと、恋におちた・・・」

今までたくさんの人を好きになってきました。兄のキラやラクス、近所のおばさんおじさん、このお城の人々、
カガリ姫にとって大切な人、大好きな人はたくさんいました。
けれど、この人だけだと思えたのは、たった1人きり、アスラン王子だけでした。

それが特別なことだと、姫はやっと気付いたのです。

 

カガリ姫の頬がうっすら桃色に染まりました。それはまさしく恋に落ちた女性でした。
ここに、なんにもしらない子供はいません。


もう一推しだと、あとはあの夜起きたであろうできごとの誤解を
世界一可哀想なダンナ様の王子のためにといておいてあげなくてはいけません。


「カガリさん、子供のつくりかた、王子に何て言いましたか?」
「え・・・?サンタさんが・・・」
「ふふふ。とても可愛らしいですけれど、それは間違いですわ」
「え!?」
「ちょっとお耳を・・・」
「・・・・ん?」
手招きしたラクスに近寄って素直に右耳を差し出します。
そして・・・愛らしい義姉のその吐息がくすぐったいないしょ話は、知識0のカガリにとってとてつもない衝撃をもたらすことになるのです。


「えー、子供というのはですね・・・・ごにょごにょ、が・・・」
「・・・・・・えっ!!」
「ごにょごにょごにょ、で、」
「おぉーーーーーーーーー!?」
「ごにょごにょごにょごにょ、ですの」
「えーーーーーーーーー!!!!へーへーへー!なんで、それ、どうしてだっ、見たい見たいっ」
カガリのとんでもない要望にもラクスは動じることなくいつもの微笑みで応えます。
「では、キラのコレクションの中からソフトなものでも」
何を見せる気ですか。
「見れるのか!?」
「うふふ。冗談ですわ」
「えー!」
頬をぷっくり膨らませ本気で残念がってるカガリ、ちょっといつもの彼女に戻ったようです。


「カガリさんと王子と、2人で行うことですわ。」
「わ、私がアスランと!?」
「えぇ」
ラクスからのないしょ話は衝撃的なもので興味が沸きましたが、興味だけでしてはいけないことなんだとはっきりわかります。
子供を作るという行為が、確かな愛情の先になくてはいけないと、
それに、たった今手に入れた言葉だけの知識でも、本当に大好きだと思った人とでなければできないと思えたのです。


「ラクスも・・・・・・・・キラと?」


「えぇ」


恥ずかしがることなく潔く頷いた義姉の姿は、愛する人に対する自信に満ち溢れていました。
そんな2人が、愛し合っている2人が羨ましいと思えたのです。
いつか、そんなふうに誰かに羨ましいと思われるようになりたい・・・カガリ姫は強くそう願いました。

アスラン王子の妻として、彼を精一杯愛せる人間でありたいと願ったのです。

 


「・・・私に、できるかな」
「できますわ。愛してるなら、きっと。もちろんカガリさんの気持ち次第。イヤなら断りましょう。2人の気持ちが重ならなくてはいけません」
「・・・・アスラン、私としたかったのかな?」
「きっと、待っていますわ。だから、無理やりなんてこと、王子はなさらなかったでしょう?」
「・・・・」

心がすれ違ったあの夜、口付けは強引でしたが、やめてと言った自分に王子はなんと優しかったことでしょう。
悪かったのは、なんにも知らなくて傷つけたこちらなのに・・・

彼の笑顔をもう1度見たい・・・

 

ーーーアスラン・・・

 

 

 

「よし!!決めた!ヤる!!」


ラクスも潔ければ、カガリ姫も潔く・・・いつの時代も女性は強いのです。
「私、初心者だけど、アスランと頑張るぞ、おぉーーーー!」
初体験が近づいた乙女というより戦に赴く武士のような気がしないでもないですが、
ともあれ姫は王子と、真の夫婦となることを心に誓ったのです。


完全にいつもの元気を取り戻したカガリ姫を見て、ラクスは嬉しくなって最後のアドバイスを贈りました。
「王子から手を出してくることはもうないと思いますので・・・まずは主導権を握らなくてはいけないかもしれませんわ」
「主導権・・・マウントポジションだな!」
「そうですわ」
違います。
「でも、じらすのもテクニックのひとつですわね」
「じらす・・・クリンチだな!」
「そうですわ」
違います。
「時折・・・触れてあげるのもよろしいかと」
「ローブローは反則だぞっっ」
「なんでもありなのですわ」
ダメですよ。
「慣れたら、効果的な言葉責め、ロウソクを垂らすタイミング、ムチの使い方なんてものも教えてさしあげますわ」
「ムチ!?ムチ使っていいのか!?」
カガリは思ってもみない武器に目をきらきら輝かせました。
「はい。みんな使っておりますの」
だからそれはあなたたちだけですってば。
とにかくアスラン王子、いつのまにかピンチです。

「うぉーーー!ムチまで頑張るぞーーーーっ!!!」
誰かこの誤解も解いてあげてください。

「マウントポジションを狙いつつ、クリンチで相手の動きを封じ込め、時々ローブローの攻撃を加える!!よし・・・勝てるッ!!」
・・・もはや青コーナー挑戦者カガリ姫の暴走を止められるのは、赤コーナーアスラン王子しかいません。
けれど、姫もわかっているのです。
だからこれが彼女の精一杯の愛情表現なのかもしれません。

不器用な2人の、多分1R無制限一本勝負。

「アスラン、ちゃんと夫婦になろうな・・・」

ほら、もう、ちゃんとわかっているのですから。

「待ってろよムチ−ーーー!!!」

・・・・・・多分。

 

 

 

 

 

 

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