元恋人

 

 

 

 

 

 

その日、アスランは不機嫌だった。

昨晩、そろそろ床に着こうかという時に、アスランの携帯が鳴る。
会社のコンピュータのプログラムに異常が発生したとかしないとか、君の力が必要だとかなんとか・・・
電話越しの上司がそんな曖昧な理由をまくしたてたせいで本当は休日のはずの本日土曜に出勤。
出かける前にカガリが残念そうな寂しそうな表情を必死に隠していたから余計に不機嫌の理由になる。


ごめんな、と伝えいつものようにキスをしてから慌ただしく家を出た。
床に着く前に電話があったものだから、週末お楽しみの愛妻との戯れもお預けとなったこともあり、
イライラを隠さず出社したものの・・・会社に着いたと同時に言い渡された仕事は「待機」。
何かあれば素早く対処して、1秒でも早く帰ることができれば・・・と思っていたアスランにとって、
これまた不機嫌の理由が増えてしまったのだ。

 

そして今、また不機嫌が増えるところだ。

 

「なんですか・・・これ」

「すっげーいいもん」

 

にやにやした下卑た笑いとともに手渡されたものに、ほんのわずかな侮蔑をこめて聞き返した。
この男は今日、支社からこちらに訪れていただけでアスランと面識はないが、
自分より年上ということだけは聞かされていた。
尤、人付き合いの苦手なアスランにとって特にかかわりを持つつもりはなかったのだが・・・
話しかけられた以上は答えるべきだと適当にあしらってみる。
けれどそれを言われた相手はそんなことにも気づくことなく笑顔で答える。

 

「どうだ?お前、お堅そうだから1度くらいは?」
「俺は結婚してますよ」
「へ〜、若いのに?」
「えぇ。それにこういうの興味ないです」
「堅いこと言うなって!結婚してても若いうちに1度は経験しておかないと!」
「・・・」

 

アスランに手渡されたものは、いわゆる風俗関係で働く女性の名刺だった。
一目でわかるいやらしい写真付きの名刺に、純粋なアスランも赤くなることもなく
不愉快な気分を背負わされただけだ。

 

「結構です」

 

相手に失礼のないように言いたいのだがどうしても口調はきつくなってしまった。
しょうがない。

こちらはカガリと過ごせる時間を減らされてただでさえ気分が悪いというのに、
その上こんな不快なものを見せつけられては苛立つしかないというものだ。

 

「いいからいいから」

 

「・・・」

 

無理やり押し付けられた。
こんなものすぐにでもシュレッダーにかけて忘れたいのだが
この名刺を渡した相手が先輩であるせいで目の前で破り捨てるわけにもいかず、
アスランは仕方なく受け取ったものをポケットに入れた。
それを見て男がひゅうっと口笛を鳴らしたのが癪に障ったが、
この男とはこれからまた会うこともないだろうし、あとでちゃんとゴミ箱にでも捨てればいいと・・・


そう、気楽に考えていた。

 

それが間違った選択肢だったと気付きひどく後悔するのは、この晩のことだった。

 

 

 

 


時計の針が19時をすぎたところで、ようやくアスランは仕事から解放された。
結局自分の出番はなく、一体何のために呼び出されたのかわからないままだったせいもあり、
アスランの機嫌の悪さは限界に達していた。
しかも気に障ることがありすぎて無駄に疲れているような気がする。
この疲れた身体を癒してくれる存在は一人だけだとアスランは愛しい妻を思い出した。
その妻、カガリにやっと会えるのが嬉しくて、ガマンしていた分小躍りでもしたくなる。
ぜひ存分にカガリの、互いの腕の中で舞ってみようかと、不埒なことを考えているうちに
不機嫌もあっという間になおってしまった。
昨晩我慢した分も、今日の夜をたっぷり使って隅から隅まで愛してあげよう、と。

 

我ながら単純だと思いながらも、車に乗りこむ前にカガリに今から帰るという用件のメールを送る。
もちろん愛の言葉も忘れずに。

 

あぁ、やっと会えるんだ。

 


すでに足取りは小躍り同然なことにも気付かずアスランは車に乗り込んだ。
そしてにやける顔も隠せずに、家路を急ぐ。

 

 

 

 

 


ポケットにつっこんだ、あれ、を綺麗すっかり忘れ去って。

 

 

 

 

 

 

 

 

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