5

 

 

 

 


車で15分ほど、ザラ家から離れたところにヤマト家夫婦が住んでいるマンションがある。
そこへ向けて、エプロンをつけたザラ家の主は乗りなれた愛車をかっ飛ばしていた。
想うのは、およそ11時間ほど顔を合わせていない妻の事。
もう、ダメだ。窒息しそうだ。彼女がいない世界の空気を吸ったって生きた心地なんてしない。
夢の休日がどうしてこんなことになってしまったのかわからないが、
どうせキラがカガリを離さなくって家から出さない、それだけのことだろうと、
やはり今だに事態を把握していないアスランはそんなことを思いながらハンドルを切った。

信号待ちがイライラさせたが、気合入れて運転していたせいか13分で着く事ができた。

 

キラとラクスが住む大きなマンション。
のんびりせずにすぐにカガリを連れて帰るつもりで、あえてその脇道に車を止めて降りる。

駆け出すようにしてヤマト夫妻が住む一室へ。
そして迷惑承知でチャイムを鳴らしまくった。
何せこっちは愛妻と毎朝欠かさないいおはようのキスさえも終わらせてないのだ。

 

「カガリ、カガリ、カガリー!!」

 

アスランの切なる願いは神様・・・ならぬキラに通じたのか、インターホンから声が聞こえてくる。

 

『・・・はい、どちら様で?』


「キラ!俺だ!」

 

もうわかってるだろう!と怒鳴りつけてしまった。
いつも冷静沈着なアスランにしては珍しい大声だ。
その声は凄みさえ効かせていたのだが、けれどそれにも怯まず、キラはびしっと言い放つ。

 

『「俺さん」なんて僕は知りません』


「・・・っ!アスランだ!アスラン・ザラ!」

 

まるで頓知のような答えにアスランは苛立つ。
が、ここで彼を本気で怒らせてしまえばこの扉は一生開けてもらえないかもしれないと、
アスランは言いたいことをぐっと堪えて急に腰を低くした。

 

「キラ・・・そこにカガリがいないか?迎えにきたんだ」


『・・・』

 

暫く無言が続いたかと思うと、インターホンの音がぷつりと切れた。
そうして、扉の鍵を開けている音が聞こえてくる。

 


そうだ、今までのはなにかの冗談だったのだ。
今日は4月1日のエイプリルフールでもなんでもない。
が、悪戯好きの双子のこと、自分をからかって楽しんで、そうして最後にはカガリの可愛い
「ごめんな?」
のキスで終わるはず。
カガリのキスだ!キスしてもらえるのだ!
俺を苛めてくれた分と朝の挨拶がなかった分、ディープキスにしてもらおうとアスランが1人勝手にドキドキしていると・・・

 

がちゃり、と、ヤマト家の扉がやっと開いたのだ。

 

「カガリ・・・ッ」

 

歓喜で声がいつもより高く響く。
きっとそこには、笑顔のカガリが「アスラン、すごい!見つかっちゃったぞ〜!えへ!」
なんてキスの準備をしていてくれるに違いない。

ゆっくり開いた扉を、アスランは我慢できずに引っ張る。

 

「カガリ・・・!!」

 

自分の世界が鮮やかに輝きだす。彼女がいなければ呼吸さえうまくできないのだ。
やっと会える、それだけがアスランの世界を輝かせていたのだ。

 

 

が、しかし、アスランの目に飛び込んできたのは、
いつもは温厚なはずの親友の鬼の形相。
そして次の瞬間、

 

 

「アスランはリナさんとにゃんにゃんしてればいいでしょぉっ!!!!!」

 

 

「っい!」

 

 

華奢な身体のどこからそんな大声が出てくるのか、
そう思うほどの大きな声とともに、枕がひとつ、アスランめがけて飛んでくる。
それは元軍人の、あのアスラン・ザラでさえ避け切れないスピードだったためか、
それとも愛妻の姿が見れるとばかりにだらしなく油断してしまったせいか・・・
見事に彼の顔面に直撃してしまった。

 

「・・・っ痛・・ぅ」

 

「さようならアスラン!!!」

 

顔面直撃した枕がどさりと落ちた。
それと同時にヤマト家の扉はまたばたりと閉じて鍵をかける音が聞こえてきた。
赤くなったかもしれない顔をアスランは片手で抑えつける。
が、痛みに負けている場合ではない。

「キラ!キラ!開けてくれ!どういうことだ!?」
「問答無用!論より証拠!アスランが一番わかってんでしょっっ」
「・・・え!?」

アスランはようやくキラが遊びではなく本気で怒ってることに気が付く。
が、その怒りの理由が思いつかない。
それでも、自分が一番わかっていると言われてここ数日にあった出来事を必死に手繰り寄せていた。
3日前に1度キラには会ったが、その時はまだにこにこ顔だった。
それならば本当にここ最近の出来事でキラは怒っているのだ。

 

一体何が・・・?

 

アスランの頭の中が、そんな些細で重要な疑問でいっぱいになった時、
先ほどキラが言った言葉を思い出した。

 

 

 

―――アスランはリナさんとにゃんにゃんしてればいいでしょぉっ!!!!!

 

 

 

あの大声は、アスランの記憶にもこびりつくほどのものだった。
けれど、大声だからこびりついてしまったわけではない。
リナ、にゃんにゃん、リナ、にゃんにゃん・・・
どこかで聞いたことのあるフレーズだ。
リナなんて・・・多分間違いなく女性の名前だが、そんな人は知り合いにいない。
仕事先の女性の中にも・・・いなかったはず。
自分の中にいる女性とはカガリだけだから、なかなかファーストネームを覚えることはなかった。
が、それでもやはり自分の知り合いに、リナ、という女性はいないはずだ。


ならば、にゃんにゃんは・・・?
これこそまるで暗号だ。
けれど、確かにどこかで聞いたことがある。

 

どこかで、にゃんにゃん。


どこかで、にゃんにゃん、


どこかで・・・にゃ・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にゃ・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「あーーーーーーっっっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――堅いこと言うなって!結婚してても若いうちに1度は経験しておかないと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、思い出した。あの時のあの煩わしい迷惑でしかないあの名刺。
にやけた男の笑い声が頭の中で響き渡る。
あの時、あの男に渡された名刺には「にゃんにゃん」と書いてあり、
それを確かに自分はポケットに入れたままにしてしまったのだ。
後で捨てればいい、と。そんなことさえも忘れていた。

アスランは慌ててポケットを探るが、もちろんこの服とエプロンの中に入ってるはずもなく、
一気に妙な汗が流れ出る。

 

「ほら!思い当たることあるんでしょ!?」

 

アスランの発した何かを思いついたような声に、
いかがわしい店で女性とイイコトしたことがばれてしまった焦りからだと思い、
扉の向こう側からキラはまた怒鳴り声をあげた。

 

「き、キラ!まて、違う!にゃんにゃん、こ、これは!」


「もう帰って!!」

 

怒りが頂点のキラはアスランの言葉を受けつけない。
こうなってしまったキラは、簡単には許してくれないだろう。
それでも何とかこの誤解をとかなくてはならない。

 

「キラ、カガリに・・・カガリに会わせてくれ・・・っ!」

 

まるで神頼みだ。
このまま土下座でもしてみようか。
それでカガリに会わせてくれるのなら何だってする。
とにかくカガリに会わなくては。
キラに誤解されたままはいい。悔しいが、それは諦める。
けれど、世界で一番大切で愛している彼女にだけはこのままではいけないと、
アスランは扉の向こうにいるキラに、すがりつくように懇願した。

 

しかし、次の瞬間キラの放った一言に、放心状態になるほどのショックを受けるのだ。

 

 

「カガリが2度と会いたくないって言ってるの!!!」

 

 

「・・・なっ!?」

 

 

信じられないような言葉。
けれど、もしカガリが本当に自分が別の女性とそんな事をしたと思い込んでいれば、
あながち嘘でもないかもしれない。
一番避けたい事実が、アスランの脳天を直撃して、ふらふら眩暈がした。

 

 

「か、がり・・・」

 

 

再起不能なくらいにその場に倒れ込む。

 

 

「かがりかがりかがりかがり・・・っ」

 

 

瞼が熱くなり涙が込み上げてくる。
あぁ、俺はこんなにも君しか見ていないというのに、
君はやはり俺がにゃんにゃんしたとばかり思ってるのか・・・!?

思考回路さえもおかしくなったアスランは、それでも何とかふらふらしながらも立ちあがる。
もう1度扉を叩くも、返答はもうなかった。

今日はもう、ダメだ。

どんなに頼んでもキラはこの扉を開けてくれないだろう。
たとえカガリが話したいと言ってもキラが離さないはず。
いや、携帯の電源を切られているのだから、本当にカガリは自分と話したくはないのかも―――

 

あぁ、俺は、なんてことをしでかしたのだ・・・!

 

「カガリ、カガリ、カガリ・・・」

 

そんな激しすぎる後悔とともに、アスランはヤマト家のマンションを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カガリ・・・悪は帰ったよ・・・安心してね」

チャイムの連打とキラの大声で目を覚ましたカガリは、キラの言葉にやはりアスランがこの家に来ていたことに気付く。
まるでヒーローにでもなったかのように胸をはる弟に感謝した。
今はまだ会いたくないのだ。
けれど、それと同時にすごく会いたい自分がいる。
なんせ今日はまだおはようのキスさえしていないのだ。
おはようのキスをしなかった分、軽いのじゃなく深いキスをしてもらいたいくらいだ。
随分甘いな、とも思うが、自分が彼の事を好きで好きでたまらないから、甘いというなら彼にではなく、自分に。

それに・・・今回の件ではやはり自分は怒れなかった。
むしろ悔しい。

「私は・・・にゃんにゃんにはなれないのかな・・・?」
「そんな!カガリはにゃんにゃんよりずっと可愛いよ!!」

優しい弟の慰めの言葉もカガリの心を晴れ渡らせることはできなかった。
それでもカガリは、自分の事で必死になってくれるキラに心配かけさせまいと微笑んでみせる。

 

「キラー、カガリさーん、ご飯できましたわ〜」

あの、キラとアスランの大声の怒鳴り合いにも、
いつもと変わらずのほほんとしていたラクスはできあがった昼食の席につくように二人を呼ぶ。

「さぁ、カガリ、まずはご飯食べて元気だそうね?」
「うん・・・」

キラに言われてカガリは頷き、ラクスが待つダイニングへ。
美味しそうなラクス手料理の香りが鼻を擽っても、
やはりアスランのことだけが、カガリの心をいっぱいにしていた。

 

 

 

 

 

 

 


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にゃんにゃん大活躍〜!(笑)

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