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さすがにおかしいとアスランが気付いたのは、鍋の中のコンソメスープを温めなおすこと6度目の時。
時刻はもうすぐ11時になる。
椅子に腰掛けて今か今かと愛する妻を待ちつづけていたその気持ちは
まるで遠足前の子供のようにウキウキしたものだったのに、それは次第に焦りにかわっていく。


時計の針が11時を指した頃、ようやくアスランは家の電話の受話器を手にした。
もちろんかけるのはカガリの携帯。
ロードワーク中なら気付かないかもしれないし、携帯を持ってさえいないかもしれない。
それでもアスランはカガリの携帯に電話をかけた。

 

――お客さまは電波の届かないところにおられるか、電源が入っていません――

 

感情の抑揚のないアナウンスが流れてくる。
おかしい。おかしすぎる。
外を走っているのなら電波が届かないところに行くわけがない。
電源を切ること自体滅多にない。
おかしい。おかしすぎる。
火を止めたものの、さっきから鍋の中のスープをただぐるぐるかき混ぜながら、
やっと何か普段とは違う異常事態かもしれないと気付きかける。

 

「・・・ま、ま、まさか・・・っ」

 

アスランの額に冷や汗が流れる。

 

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、誘拐・・・!?」

 

 

 


―――いや!やめて・・・!


―――へっ、アンタみたいな可愛い子、ここで逃がしてやるとでも?


―――い、いやぁぁ!!アスラーーーン!!!!

 

 


「カガリィィィィィ!!!」

 

手にしていたお玉が自分の足元に落ちた。
不安が恐怖になり、居ても立ってもいられなくなる。

頭が混乱している。
まさか、そんなはずはないと言い聞かせる自分もいるのだ。
けれど不安という名の寂しさが限界だった。

 

その時、家の電話が鳴ったのだ。

 

「!」

 

まさか、誘拐犯!?
いや、カガリかもしれない!

アスランは落ちているお玉を拾う事もせず、鳴っている電話に向かった。
そして受話器をとった。

 

「もしもしッ!カガリ!!」

 

電話口の相手がカガリかどうかもわからないのに、カガリの名を叫ぶアスラン。
もう彼にはカガリから電話がかかるとしか思ってなかったのだ。

けれど、そこから聞こえてきたのは愛しい妻の声ではなかった。

 

 

 

『可愛いカガリは君に会いたくないと言っています。さようなら』

 

 

 

それだけ言われるとすぐにがちゃり、と電話を切られた。
アスランの中の冷静な部分が、悪戯電話か?と思ってはくれたが、
さらに冷静な部分が先ほどの声の持ち主を知っている事に気付かせてくれた。


だからアスランは深呼吸をして落ちつかせて・・・いや、実際にはどれほど呼吸しようとも
カガリに会えるまでは落ちつけるはずもなかったが、
それでも何とか、先ほど悪戯電話と間違うほどの電話をかけてきてくれた相手に電話をかけなおした。

コール音1回目で、その相手は電話に出る。

 

「・・・き、キラ!カガリは!?」

 

そう、電話の相手は親友兼義弟。

 

『会いたくないと言っています』

 

いつもは柔らかな声がまるで見捨てるかのように、アスランに冷たく言い放つ。
そしてやはり電話はその一言で一方的に切られてしまった。
まさか誘拐犯はキラか!?などとそんなおかしな事を考えてしまう。
・・・実際に彼ならば自分のもとから引き離しそうだが。

アスランはめげずにまたかけ直した。
やはりコール音1回目、いや、1回の途中で電話は繋がる。

 

「キラ!カガリを知ってるのか!?」


『会いません。さようなら』

 

ぷつり、と電話は切れる。他人行儀な親友。兼、義弟。
今だかつてこんなことはなかった。
カガリを巡って争ったことはないわけではないが、それでもいつも笑顔で2人を見守ってくれる、
それがアスランの知ってるキラ・ヤマトだ。

 

何があったのか未だにわからないが、キラがカガリの居場所を知っていることだけはわかった。
いや、多分、カガリはキラのところに居るのだろう。
アスランはエプロンを脱ぐ事もせずに家を飛び出した。

 

「カガリィィィィ!!」

 

 

 

 

 

 

 


アスランの親友兼、義弟キラは電話を切ったあと、自分達の寝室でまだ眠りについているカガリのことを思った。

 

さかのぼる事7時間前―――


まだ明けてさえいない暗闇の時間、カガリはヤマト家に電話をかけてきた。
不躾な時間帯だとわかっていても、頼ることのできる人間はキラとラクスだけだったのだ。
実は電話をかけた時にはもうヤマト夫妻の住んでいるマンションの目の前。
時刻が時刻なため、すでに終電さえも終わっていたのでカガリはここまで歩いてきた。
かなりの距離だったが、自分の財布の中にはあまりお金が入っていなくてタクシーを使うことさえできなかったのだ。
悪いなと思いつつ、カガリは甘えて自分の携帯を使いキラの番号を呼び出した。


寝るときは携帯の電源を切っているため、家の電話が鳴った時、その音でキラとラクスは目を覚ます。
キラはあからさまに不機嫌と不愉快を隠さず電話を受けた。

「はい!もしもしっ」
『・・・・・・』
「もしもしっ!!」
『・・・・・・・・・』

受話器の向こう側から聞こえてくる音が何もない。
たちの悪い悪戯電話だとキラは判断して、怒鳴りつけてから電話を切ろうとした。
けれど、次の瞬間耳に聞こえてきたか弱い声に、キラは心臓が止まるかと思うほどに驚く。

 

『・・・き・・ら・・・』


「!か、カガリ!?」

 

それは間違いなく、可愛い妹の声。
カガリ、と口にすると隣にいたラクスも驚いた様子だった。
こんな時間に世間話をするために電話してくるような子じゃない。
それならば何か、あったのだ。
実際、電話越しの彼女の声が震えてまるで泣いているかのようである。

「か、カガリっ、どうしたの・・・!?」
『キラ…私……』

鼻を啜る音が聞こえた。やはり泣いているのだ。

 

「カガリ…ッ」


『わ、たし…』

 

カガリが息を吸い込んだのがわかった。

 

 

 

『私、家を出たんだ…ッ』

 

 

 

 

 

 

 

泣き出した妹が家の近くにいると知ってキラは慌てて何も羽織ることさえせずパジャマのままマンションを飛び出す。
マンションの目の前の駐車場にカガリが1人ぽつんと立っていた時は震えあがった。
こんな時間に女の子が1人うろついていたら何があったかわかったもんじゃない。
それは「歩いてきた」とカガリから聞いた時、余計にそう思った。

カガリの肩をそっと抱きながら、キラはラクスが待つ自分の部屋へと戻る。
戻ると、ラクスが温かいココアを2人分作っていてくれて、
彼女の気遣いの素晴らしさを自慢したくなったが、今はそれどころじゃない。
腕の中のカガリは目を赤く腫らしていて、見ていてとても痛々しかった。
ソファーに座らせると、ラクスがココアの入ったカップを差し出して、カガリはそれを一口飲む。

「あったかい・・・」

そう言うと、ガマンしていたのか、一気にぽろぽろ琥珀から涙の雫が零れていった。
彼女は最近、自分たちの前で泣く事なんてなかったからこれが余程の事態だとわかる。
アスランと喧嘩したの?と尋ねることさえカガリの心の傷をえぐってしまいそうで、
キラもラクスもそんな言葉を飲み込んでいたら、カガリがそっと何かを取り出した。

 

「何・・・これ?」

 

手渡されたものを見て、最初はこれが何なのかわからなかった。

 

「アスランが・・・もってた」

 

力なく言うカガリの言葉にキラは今彼女の身に起こっている出来事を段々理解する。


それは怒りとともに。

「あ、あ、アスランが・・・持ってたのっ!?」
「まぁ・・・」

カガリがキラに手渡した名刺をラクスは隣から覗き込んで、困ったように頬に手をあて呟いた。
カガリはただ静かに頷いていた。

 

「あ、アスランって・・・!アスランってばッッ!!」

 

ふつふつ湧き上がる、腹の底からの怒り。
この名刺がいかがわしい店の物だとはすぐにわかり、わかれば怒りは頂点だ。

 

こんなに可愛い妹と結婚しておきながら、遊びだろうとはいえ他の女性に手を出すなんて!
今すぐにでもアスランのところへ殴り込みに行ってやろうとキラは立ちあがるも、
目の前に居るカガリがまだはらはらと泣き腫らしているのが目に入り、思いとどまる。

 

そうだ、今はアスランをボコボコにして反省してもらうよりも、
傷ついてるカガリの心を少しでも包み込んであげることが大事なのだ。

 

アスランを庇うつもりなんて更々ないが、これ以上カガリを悲しませることもしたくはないと
キラはカガリの涙をそっと拭ってから、なんとか言葉を紡ぐ。

「えっと・・・!ほ、ほら!本番はなしっていうでしょ!?」
「「本番・・・?」」
「・・・あ・・・そ、その・・・ね?」

可愛い妹と、愛しい妻のくりっとした眼差しが小首をかしげたまま同時にこちらを向く。
キラは1歩後ずさった。こんな天使たちの前で一体自分は何を口走ったのか。

 

「と、と、ともかく!カガリは暫くうちに居ていいから、ね!?」
「えぇ。カガリさん、どうぞ遠慮なさらずに」
「うん・・・ありがとう、キラ、ラクス」

優しい二人の言葉に素直に甘えてみることにした。
迷惑をかけるのは心苦しいが、本当にカガリが頼れるのは二人しか居ないのだ。

カガリは安堵感により急に眠気が襲い、そのままうつらうつらとソファーにもたれ眠ってしまった。

 

 

 

 

その華奢な身体をキラが抱き上げて寝室のベッドに寝かせてあげてから、7時間ほどたったのだ。
カガリはまだ眠っているが、そろそろ起きてくるだろう。

「・・・どうしますの、キラ?」
「どうもこうもしない!アスランにカガリは渡さないッ!」
「まぁ」

完全に怒りで事の事態を把握してそうでできてない夫にラクスは小さなため息をつく。
キラは頑固者だから、1度言い出すと余程の事がない限りその考えを撤回することはないだろう。
このままではカガリはずっとこの家で暮らすことになるかもしれない。
キラと2人きりの時間が奪われてしまうとは言わない。
むしろ、ラクスにとってもカガリはとてもとても大切なお友達だ。ずっと一緒にいてほしいとさえ思う。

が、キラの怒りの原因である、あの名刺。

 

―――遊びでも、あのアスランがカガリさん以外の方をお相手にするなんてないでしょうに―――

 

冷静な歌姫は、あの店の名刺を巡って起こってしまった出来事を推測して、
わけのわからないまま狼狽してカガリの名を叫んでるだろうアスランに同情した。

 

 

 

 

 

 

 

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ヤマト夫妻登場〜。
シリアスでしたか?(笑)
最近ラクス様をたくさん描いてますね。
次回もシリアス?でもやっぱりどこかおかしい(笑)。

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