3

 

 

 

 

 


風呂場から出てきたアスランは、ラフな恰好に着替え
濡れた髪をちょうどよいサイズのタオルでがしがし拭きながらカガリがいるはずのキッチンへ。
その顔はすでにだらしなく緩まり、まるで変態だ。
キッチンでカガリの姿を見つけると、その変態ぶりに加えてスキップまで自然と出てきてしまう。

 

可愛い愛妻はどうやら皿に料理を盛りつけているところか。
けれどその表情は浮かないものだった。
何だか沈んでいて、いつも元気よく笑っていてほしい自分としては同じように沈んでしまう事態である。
けれど、よほど今日自分が仕事に行ったのが寂しかったのだろうと、
アスランは見当違いなことを思ってまた頬を綻ばせていた。

そして少しでも笑ってほしいと願いをこめて、その後ろからそっと抱きしめた。
彼女は、風呂あがりの自分よりもずっと甘くいい香りがするから不思議である。

 

「…寂しかった?ごめんな」

 

細い首筋に顔を埋めて言うと、くすぐったいのかカガリの体が小さく震える。
それに気をよくしてこちら側に振り向かせ、熱いキスを贈ろうとアスランはそっとカガリの身体を反転させようとした、が。

 

「アスラン・・・ごはん、冷める・・・ぞ」

 

視線も合わさず俯いたままそう言われた。

 

「あ、あぁ・・・ごめん。じゃ、食べようか?」
「うん・・・」

カガリの遠まわしの食事の誘いに、アスランは頷いた。
もしかしたら・・・おなか空いてて機嫌が悪いのか?などと、これまた暢気で見当違いなことを思ったりして。

 

 

 


食事はなんとも暗い雰囲気のまま始まり、暗い雰囲気のまま終わった。
カガリの手料理は変わらずにそれはそれは美味しいものでアスランを満たしてくれたが、
一番見たい食卓でのカガリの今日一日あった出来事のお喋りと、笑顔が見れないことを心の中だけで残念に思いながら、
食事が終わればきっといつものように、そう、今日自分を出迎えてくれた時くらいに、
明るい太陽のような笑顔を向けてくれると思っていた。
けれどその予想は外れて、箸を置いた今でもカガリは沈んだ表情でぼうっとしたままだった。
今日の食卓は、いつも頷き役の自分が必死に会話していたこともあり、少し疲れてしまったような気もする。

 

「・・・片付けるな・・・」

カガリが椅子から立ちあがり、お盆の上に綺麗に空になった皿を置いていく。
そしてそれを持ったままシンクのあるキッチンへ。
アスランは慌てて追いかけた。

もしかして・・・一緒に風呂に入りたくて拗ねてたのか?と、最後の最後までそんなことを考える。

「・・・カガリ・・後片付け、いいよ」
「・・・え?」
「俺が明日してあげるから・・・だから、ね・・・?」

先ほどと同じように後ろから抱きしめて、洗い物を始めようとしたカガリの右手を掴んだ。
もう我慢が限界にきている。
こちとら夢の週末だというのに、いまだにカガリを抱いていないのだ。
昨日の分も思う存分悦びたいし、悦ばせたいと、アスランは何度も髪や首にキスをする。

 

「・・・ね?」

 

もう1度、駄目押しのようにカガリが弱い甘い声で囁く。

 

「・・・いや、片付ける」
「・・・え?・・・あ、いいよ、カガリ・・・俺がするから、ね?」
「アスラン、あっち行ってて。もう休んでてもいいぞ」
「え?あ、あぁ・・・」

どれだけ甘い声を身体から出そうと、カガリがいつものように自分の胸に雪崩れかかってくることはなかった。
それでもめげずにもう1度声をかける。

 

「カガリ・・・」


「アスラン、疲れてるんだから休んでろって」

 

それもぴしゃりとカガリに遮られて、アスランはまるで飼主に叱られた子犬のようにしゅんとなりキッチンを後にして2人の寝室へと行った。
その後姿を見ながら、カガリはため息をついてスポンジに手を伸ばした。

 

 

 

 

 


ベッドの中でアスランは1人悶々としている。
洗い物を終えて、風呂に入って・・・あがってきたカガリのことを想像していたからだ。
今から1時間くらいかかるかもしれないが、ベッドの中で大人しく待っていようと決めた。
脳内が淡くいやらしい妄想でいっぱいになって、ベッドから飛び出してカガリのもとへと行きたくもなったりしたが、
それを必死に理性で抑えつけて、なんとか堪えている。

だから、寝室の扉がカタリと音をたてた時は嬉しさで飛びあがってしまいたくなった。

静かな足音がこちらに近づいてくる。
アスランを襲う初々しいまでのドキドキ感は、まるで2人が初めて迎える夜のようだ。
大きなベッドの端から、彼女がその中へ身体を滑り込ませたのを合図に、アスランは手を伸ばす。

「カガリ・・・」
「あ、アスラン・・・っ、寝てたんじゃ・・・」
「・・・君を待ってた」

そう行ってこちらに引っ張って抱きしめる。

 


すぐに彼女の上に優しく覆い被さり、その唇を奪おうとした―――

 

 

「だ、だめ!」

 


「へ?」

 

カガリは自分の口を両手で覆う。

 

「・・・今日は・・・だめ・・・」
「・・・え?」

口付けを拒み、カガリの言った言葉がアスランには理解できずにいた。
なんせベッドの中で1人妄想に深けくれて、する気満々だったからだ。
カガリもきっと同じ気持ちでいてくれると、そう信じて疑っていなかったのだ。

 

「・・・今日、疲れてる・・・から・・・」


「・・・」

 

自分を見上げていた美しい琥珀が長い睫によって伏せられた。
疲れてるから、と言われれば、アスランだって無理強いはできない。
したくて、したくて、したくて、したくて、したくて堪らなくても。

 

「そ、そ、そそそそっか・・・そ、そそそそれじゃ仕方、な、ないよな・・・っ」

努めて明るく振舞う。
妻の体調が優れない時に我慢の1つもできない夫だと思われたくなくて、我慢できる男を装う。
もちろん、身体も心もすぐに1つになりたい!と叫んでそうなほどにしたくて堪らないのだが。

「・・・ごめんな、おやすみ・・・」
「お、お、おおおやすみ・・・っ」

アスランはカガリに覆い被さっていた自分の身体を、先ほどまで自分が寝転がっていたところへと沈める。
隣ではカガリが瞳を瞑って休む準備に入っていた。
いや、すぐ眠れる体質のカガリのことだ。もう寝入ってしまってるかもしれない。

 

「はぁ・・・」

 

1人で勝手に熱くなった身体を落ちつかせるかのようにため息をつくも、あんまり効き目はなさそうだ。
それでもなんとか、この熱を忘れるためにもと、アスランはカガリと同じように目を瞑り眠りにつくことにした。

 


それから2時間。
アスランがやっと夢の中へと旅立つことができたくらいの時間に、カガリはぱちっと目をあける。
隣で夫が寝息をたてているのを確認してから、そっとベッドを抜け出た。
カガリは眠れなかったのだ。


この2時間ずっと、あの名刺のことを考えていた。
おいろけにゃんにゃんのリナさんのことを考えていたのだ。
リナさんは、色白でくりっとしたちょっと勝気そうな瞳で上目遣い。
胸元はしっかり見えるように露出されていてこんな恰好されたら男ならすぐにノックアウトだろう。
自分にできるか・・・といわれれば、きっとできない。


カガリは脱いだエプロンを置いていたキッチンへ行き、エプロンのポケットの中からあの名刺を探り出し
その写真を見て、また重い考えに支配されてしまった。

 

浮気なら、怒る事ができたかもしれない。
そもそもアスランなんて浮気ができるタイプじゃない。
アスランがもし自分以外の誰かを抱いたというなら、それはきっと本気なのだろう。
その時はちゃんと別れを切り出されるような気がする。
そんな考えたくもない未来のことを思うのは辛いが、アスランはそんな真面目な人だとカガリは信じていた。


でも、これはどうだ。
カガリ自身、風俗関係のことなんて知るはずもないが、
このおいろけにゃんにゃんは、男の人が喜べる場所、つまり性欲を満たせる場所。


そう、アスランは自分に満足していなかったのだ。
その考えに辿りつくと泣きたくてしょうがなくなる。

 

悲しいことがあるとすれば、アスランを満足させることもできない自分がいたこと。

 

「・・・奥さん・・・失格だ・・・っ!にゃんにゃんに負けるなんてぇ・・・っ」

 

アスランが望む事なら何でもしてきたが、受け身になりすぎていたのかもしれない。
思い当たる節はありすぎる。

 

 

 

こんな自分では、もう彼に合わせる顔がない―――

 

 

 

いつでも直球の彼女が辿りついた答え。

それはすぐ行動となって表れる。

小さなダッフルバッグに必要最低限の荷物を積め込んで、カガリは静かに家を出た。

 

 

 

 

 

 

 


次の日の朝、アスランはいつもの休日に起きる時間よりも1時間ほど早く目が覚めた。
カーテンの隙間からもれる朝の陽射しが心地よく、でも昨晩の我慢もあってか未だに熱が残ってる。
アスランはベッドの反対側にいるはずのカガリの身体に手を伸ばした。
が、いるはずの温もりがいない。
ばっと身を起こしてベッドを弄る。けれどやはり居ない。
それどころかベッドには彼女の温かささえ残っていない。

「カガリ!?」

ベッドから降りて、リビングへ。
コーヒーカップ片手に朝の番組でも見てると思いきや、そこにも可愛いその姿はなく、
アスランは家の中をぐるりと一周してみた。

「カガリ、カガリ、カガリー?」

しかし、愛しい存在はどこにも見つからず、アスランはまたリビングに戻ってくる。
ふと、テーブルの上に白い紙が置いてあるのに気付いた。
そこには

 

 

【探さないで下さい カガリ】

 

 

と書かれてあった。

 

 

「・・・・・・」

 

 

その置手紙を手にもったままアスランは一瞬固まるも、
自分が何か仕出かしてしまったとは気付きもしていなかった暢気な脳は、

「・・・なにかの暗号か?カガリこういうの好きなんだなぁ〜」

と、朝のロードワークにでも出かけてるのかなどと笑いながら独り言。

「帰ってきたらお腹すかせてるだろうな。・・よーし!何か作るか!」

そう言って最近流行りの有名アイドルの歌の歌詞を、
カガリへの愛を綴った替え歌にしながらキッチンに向かう彼には、
これが夫婦初めての危機の幕開けだなんて気付いてるはずもなかった。

 

「オムレツのケチャップはハートマークだよな!」

 

気付け、アスラン。

 

 

 

 

 

 

NEXT

お馬鹿なアスランとお馬鹿なカガリのお馬鹿な暴走は続きます(笑)。
どんどんおかしな方向へ・・・!
次からは切なさを醸し出せたらな、と思ってますが思ってるだけに終わりそうです(笑)。

BACK

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送