うっとりしている。誰が見てもわかるくらいに、ヤツの世界は華やいでいた。


華が飛び星が舞う兄貴の目。


俺の目は、テン。

 


「だ・・・れ・・・?」

 


そう呟く兄貴に、俺はこれから始まる壮大にしてどうでもいい物語の幕開けを感じてしまったのだ。

 


どうでもいい物語―兄貴の初恋物語

 

 

・・・そう、俺は、人が恋に落ちる瞬間を初めて見てしまった―――

(無理やり読まされた兄貴のお気に入りマンガの一文より抜粋)

 

 

 

 

 

※ザラ家族物語 第2話※

 

 

 

 

 

恋を知った兄貴はいつもの気持ちの悪さにさらに拍車をかけて
誰にも止める事などできなくなっていた。

今日も赤いエプロンを身につけ下手くそな歌声が響き渡るのは変わらないのだ・・・
が、何かがいつもと違う。

 

「♪あ〜なたに〜おとこのこぉのいちばんっ、たいせつなぁ〜ものをあげるわぁ〜〜」

 

し、進化してる・・・!!!

その選曲の理由は・・・!?何をあげる!?

 

 

聞くのも恐ろしく、俺は目をつぶり耳を塞いだ。
耳からはまだ、30年前の超人気有名アイドル茂萌ちゃんの名曲が音程ずれまくりで聞こえてくるわ、
目をあければ身体をくねらせ菜箸で指揮をとりお玉をマイクとする
自分と血のつながりがあるとは信じたくない男の姿は見えるわで耐えられなかった。


い、イヤだ・・・!こんな気持ち悪い兄、絶対イヤだ!!


誰かに助けてほしいもののここには俺しかいなくて、
俺はソファーのクッションで顔を隠し小さく震えあがっていた。

 

 

暫くして、耳からわずかに聞こえてきた音は聞こえなくなる。
ふわっと、なんだかいい香りがして、夕食ができあがったことを知った。
ハンバーグの香りだ。

俺は飛び起きた。
さっさと食べて風呂入って寝るに限る!!!
もうあの姿は忘れよう!!!

がばっと立ちあがり夕食の皿が並ぶダイニングテーブルの椅子に腰掛け
すぐさま、いただきます、と言い箸をとる。
兄貴が目の前にご飯を持った茶碗をそっと置き、向かいの席に着く。

顔を合わせるのも怖くてできるだけ前を向かないでおこうと心に決めた。
声は・・・さすがに食事時まで歌わないだろう。
茶碗と箸でふさがっている手は、耳を塞ぐことに遣えないのでその辺は安心だ。

変な事言うなよ〜!と祈りながらご飯をかきこんでいると・・・兄貴がぼそりと呟く声が聞こえてきた。


「はぁ・・・あの人は今何してるんだろう・・・?」


「・・・知らねー」


俺はご丁寧に数種類作ってあるおかずの器に向け迷い箸を繰り返しながら適当に返事をする。
いつもならそんな行儀の悪い箸遣いをしていたら優しくもきちんと注意をされるというのに、
今日の兄貴はそんなこと全く気にならないらしい。
自分の茶碗の中身は減ることなく、天井を見上げるように左斜め上に首をかしげ、
ほうっと何度も何度もため息をつきながら目を瞑っては微笑んでる。かなりキモい。


いいよ、もう。俺はとにかく一人になりたいんだ。
ハンバーグ食ったらおさらばだ!!


兄貴には悪いけど、どこに住んでるどころか名前さえ知らない人、絶対叶わない恋だと思うし。
そりゃ、弟として兄の初恋を応援してやりたい気持ちは山々だが、

どう考えてもまた巡り会う可能性なんて0に等しい。

俺の箸先が大好物のハンバーグに狙いを定め突き刺すようにして一口分摘み上げ、それを口に運ぶ。
兄貴はまだ何も腹に入れてないようだった。
食事が喉を通らないという現象を目の当たりにしてる。

 

恋する男って・・・こうなるもんなのか?


俺は・・・絶対違うと信じたい。血のつながりなんてこの際忘れよう。

 


兄貴のうっとりタイムはまだまだ続いた。


「・・・あぁ・・・マーガレットさん・・・っ」


「はぁ!?」


がしゃんと、俺は茶碗を手から落としてしまいテーブルの上で大きな音が鳴る。
幸い、割れてはないようだ。ほっとした。

そして今、わけのわからない、
この世の言葉かどうかもわからない一言を口にした兄に恐る恐る尋ねてみる。


「ま、マーガレットって誰だよ!?」


やっと兄貴が現実世界に反応して、俺に向き合い微笑む。


「名前がわからないから・・・彼女、マーガレットっぽいだろう?」


「どこが!?どこが!?どこが!!??」


兄貴の時代遅れセンスというか、少女趣味的センスにはついていけない・・・。
マーガレットって今時あるか、そんな名前!
ってか、あの女のどこがマーガレット!?どこが!?


「マーガレットって言うのはもっとふわふわで柔らかくって可愛らしい子だっ」


俺のタイプがそんな感じ。ふわふわでちょっとミステリアスででもキュート。
あの人は180度・・・いや、360度回りきって540度なくらい正反対なタイプだ。


「そんなことない・・・!彼女は野に咲くマーガレットだ・・・!」


マーガレットって野に咲くのか!?
花のことはわからないからそのへんは強気に突っ込めずにいると、
乙女モード全開、突入中の兄貴は遠慮することなくどんどんマーガレット論を語り出す。


「彼女のあの瞳を見たか・・・?眩しくて太陽のようで・・・」


「た、たしかに目は綺麗だったけどさ・・・」

 

「そう!綺麗だった、あんな綺麗な瞳、俺ははじめてだったんだ・・・!
あの瞳の中に俺が映った瞬間、こう、ビビビってきたんだ!
あぁ、彼女こそが俺の運命の人だ・・・って!
俺はとうとう出会ったんだ・・・!俺だけの、一輪の花に・・・!」

 

ね、熱弁・・・!!

 


「マーガレット、マーガレット・・・!!会いたい、君に・・・!」

 

 


神様・・・!!

 

俺はこのアホな男をどうすればいいんですかーーーーーー!?

 

 


「マーーーガレーーーーットーーーーー!!!!!!!!!!」

 

 


その日、俺はマンション中をお騒がせした騒音により、
上下お隣さんの部屋に頭を下げ謝罪しに回った。

 

 

 

 

 

 


それから2日・・・学校からの帰り道・・・。

さすがにあの騒音騒ぎで懲りたのか、マーガレットの名を夜空に向かって叫ぶことはなくなったが、
それでもまるで夢遊病のように彼女の名前を口にし続ける。

マーガレットを一輪購入し、

「会える・・・好き・・・会える・・・好き・・・」

と占い始めた時にはこの世の終わりかと思った。
ってか、後ろむきなことを一切考えないところだけが兄貴の長所だと思う。

 

 


「はぁ・・・」


思い出してまたもや暗くなってしまう。
俺は今日もまたあの気持ち悪い兄貴とともに過ごさなくてはならないのかと思うと憂鬱でしかたなかったのだ。
暫くの間家から追い出してやろうかとも思ったが、
そんなことを父母に知られれば後でなんて説教受けるかわからない。

ただでさえ年末年始は子供の稼ぎ時だってのに・・・その前に機嫌を悪くさせてしまえば大損である。

 

でも、あの兄貴といっしょにいるのは・・・いやだ。

でもお金が・・・


でも兄貴が・・・


でも・・・

でも・・・


どちらの気持ちに素直に従えばいいものか・・・。
ジレンマに悩み苦しむ繊細な俺。

 

そんな俺の迷いに驚くような救いがやってくる。

 


まさかやってくるなんて思わなかった。

 


もしかしたら、神様に祈りを捧げ問うた俺へのご褒美だったのかもしれない。

 

 


「う、そだろ・・・?」

 

 

最初は見間違いかと思った。だから首をぶんぶん振ってもう1度見る。


今、俺から数メートル離れた目の前を金髪の女性が通りすぎた。
背中を向けてあちら側へ歩いていく、まっすぐな姿勢の女性。
俺は自分の両の手のひらで1度思いきり頬をひっぱたくと、しっかり目を開けて凝視する。

 

「うそ・・・だろ?」


また同じ言葉が漏れた。
だって今俺の前を通りすぎたあの女性は・・・昨日見た・・!


「ま、ま、ま、マーガレット・・・!!!」


瞬間、周りにいたひとが一声に怪訝そうな顔で振り返る。
中にはくすくす小さく笑ってる人もいて・・・
あぁ、でもそんなことより、間違いない。マーガレット(兄貴命名)だ!!

 

「ど、どどうすれば・・・!?」


世間は狭い。地球は狭い。
まさかこんなにすぐにばったり会うなんて誰が想像したことだろうか。
それは確率にすればどれほど底辺を這う数字なのだろう。

このまま見なかったことにすればいい?
彼女に会っただろ?なんて問い詰められるはずもないんだ。
これ以上事態をややこしくしたところで、兄貴の恋が叶うなんて思わない。

むしろあんな男前の女性なら乙女すぎる兄貴なんてこっぴどく振られることだろう。

そんな可哀想な兄貴を思い浮かべてみる。


地獄に落ちたかのように真っ青で頬は痩せこけ
部屋に閉じこもり現実から逃げ2次元の女を相手に一人盛り上がる、

そんな目も当てられないようなオタク人間ができあがる。

 

「はは・・・だ、だめだ!やめておこう・・・!」

 

それが兄貴のためだ。

そう、きっとそうだ!

何も知らないまま、できるだけ夢を見させてやって・・・
そうしていればいつの日か気付くだろう。

想うだけの恋なんて辛いだけだと。そうして彼女を忘れ、また新しい、
今度は花の名前を勝手につけることのない出会いをするはずだ。

 

俺は彼女から顔を逸らし、背を向けた。

このまま彼女の行く道から反対方向に進めば、全て終わる。

 

 

終わるんだ。

 

 

 

 

終わる・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――マーガレット・・・会いたい・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「・・・・・・くそっ!!」

 


最近、ろくに食事を口にすることなく、
ただひたすらうっとり夢を見続けていた兄貴を思い出す。

気持ち悪いが、切ないくらいに一途とも言えよう。

 

「感謝しろ、バカ兄貴!」

 

俺は走りだした。


ある意味、再会したのが俺でよかったかもしれない。
兄貴だったら彼女の背中を黙って見つめて見送ることしかできなかっただろう。

俺なら、追いかけられる・・・!
だから神様は俺と彼女を再会させたのかもしれないんだ・・・!

 

 


俺は人を避け夢中で走った。

なんだか思いつめるくらい考えこんでいたせいで彼女との距離が離れてしまったのだ。
見失うわけにはいかない。
人ごみの中を、時々ぶつかって、時々謝って・・・

俺は体育の授業でも見せないくらいの本気の走りで彼女を追いかける。

 

あと5メートル・・・、あと1メートル・・・!


あと・・・30センチ・・・!

 

彼女の二の腕を掴んで引き寄せた。
女性に対して乱暴だったかもしれないと後々気付くがこの時はこれが精一杯だった。

 


「え・・・!?」

 


驚きの声とともに彼女が振り返る。

 

あぁ、やっぱり、マーガレット。

 


俺は走って乱れた呼吸を整える事もなく叫ぶ。
何も考えられなかった。とにかくひき止めることに必死で・・・

 

 

ただ俺は叫んだんだ。

 

 

「あの!!これから俺とお茶でもしないっっ!?」

 

 

これじゃナンパだーーーーーー!!!!!!!!!

 

 

後悔すれど時遅し。

口にしてしまった言葉は時間を遡りなかったことにすることはできない。
あわあわしてると、
がしっと掴んだ腕に力を込めすぎていたのに気付き、ぱっと手を離す。


「あ、あの・・・っ、ど、ど、どこかでお会いしたことあると思い・・・ません?」


言い訳がましく口をついた言葉さえ一昔前のナンパの手口じゃねーか!!!


「あ、あ、あの・・・だ、だから・・・!これも、か、神様の思し召しっていうか・・・!」


それは宗教の勧誘だ!!!

俺、何言ってんだよ!!!
怪しい人物に思われて逃げられるかもしれないぞ!?
数日前に1度、しかも本当に少しだけ顔を合わせただけの相手を覚えてるはずないじゃないか!


もっとうまく声をかけることだってできたかもしれないのに・・・俺はバカだ。


「あ、あの・・・俺・・・っ」


情けない。これじゃ兄貴のこと、へタレだとか思えないし言えないだろ・・・!
兄貴・・・ごめん。ダメかもしれない・・・。


何もできなくなってしまったことに俺は俯いた。

 

けれど、言葉をなくして俯く俺に、すっと染み込む温かな声。


「ふふ。あぁ、会った事、あるな」


マーガレットは笑ってそう言った。
俺は顔をあげてぽかんと口をあけ、きっとまぬけな顔をしていたに違いない。


「さ、行くぞ。お茶、するんだろう?」


マーガレットが俺の手を取る。

 

 


あ・・・ふわふわで柔らかい。

 

兄貴ごめん。訂正する。

 

 

 

 

やっぱり彼女はマーガレットだったみたいだ。

 

 

 

 

 

NEXT→

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送