彼女に手を取られ1歩先行くその背中を追いかける。
女の子と手を繋ぐことなんて・・・
思い出そうとしても思い出せないから・・・多分初めてだ。


意識してしまえばその柔らかさに、思わずばっと手を離しそうになるも、
相手がしっかり握り締めていて離れることはできなさそうだ。


・・・っていうか、力つよ・・・。


暫く人ごみを避けながら歩いていると、ぴたりとその足が止まった。
彼女が見つめる一点に、小さな喫茶店がある。


「ここでいいか?」


「あ、は、はいっ」


俺が頷くとそこで初めて彼女は俺の手を離した。
喫茶店のドアを開けるためなんだが・・・少し残念。

・・・はっ!違う違う!兄貴のためにやってんだから・・・!

そう、忘れるとこだった。
マーガレットさん(・・・多分)と話する時間を無理やりでも作ったのは、
自分がそうしたいからじゃなくて兄貴のためだ。
危うく本来の目的を忘れそうになるところだった。

 


「いらっしゃいませー」

店の中に入るとバイトらしき若い店員が声をかける。

「2名様でよろしいですか?」

「あぁ」

「では、こちらへどうぞ」

案内されたのは扉側に近い、小人数用のテーブル。
店員はすぐに水を注いだグラスを2つテーブルの上に置いて一礼して去った。

マーガレットさん・・・彼女は迷うことなくすっと羽織っていた薄手のコートを脱ぎ、それを椅子にかけ席に着く。
コートの下は身体の線がはっきりわかるぴったりとしたセーター一枚。
腰はきゅっと細くって胸元なんか大胆に開いてて・・・屈んだら見えてしまうだろう。
俺はわざとらしく視線を外すようにしたが、お年頃。
気になってしまうのはしかたない。
やはり椅子に腰掛けようと若干前屈みになった時に見てしまった。

うわ、大きい。

・・・はっ!違う違う!俺、何考えてんだ!!

今彼女といるのは全て兄貴のためにやってんだから・・・!

 


俺も同じように向かいに着席する。
一つ違うのは、緊張のあまりか暖房の効いたこの店の中でもコートを脱ぐ事をすっかり忘れていたことくらいだ。
頭の中に鮮やかに残る柔らかそうな谷間・・・
首をぶんぶん振ってそんな邪な考えを振り払ってると、小さな笑い声とともにすっとメニュー表が目の前に置かれた。


「何でも好きなものを頼んでいいぞ」


「え!?」


な、なんだか彼女の奢りでここにきているみたいな話になってしまっている。

・・・そ、それはダメだ!!

誘った人間としても、男としても、彼女に払わせるわけにはいかない!


「だ、大丈夫です・・・!俺が誘ったんだから、俺の奢りです・・・っ」


「そうか・・・じゃあ遠慮なく、ありがとう」


カガリさんはすでにメニューを決めているようだ。
すごい・・・。女の人って何分間もあれやこれと迷うものじゃないんだろうか・・・?

うちの兄貴は男のクセに迷う上最後には

「♪どーれーにーしーよーうかなー」

なんて神頼みなのに・・・。

 

ちなみに俺はそんなに迷う事がない。
毎回だいたい頼むものは決まっているのだ。

もちろん今回もメニュー表を広げた俺の視線はすぐさまデザートへ。
チョコレートパフェ・フルーツパフェ・抹茶パフェ・・・・・・・・・・・
だ、ダメだ。900円もする・・・。
プリンアラモードも・・・750円・・・!?
かろうじてクリームソーダがワンコインを切っている。


確か財布にはヒデヨが一枚入ってるだけだ。
彼女が何を頼むかはわからないけど、
な、なんとかして1000円で抑えなければ・・・!
メニューを一通り見渡すと、1000円を超えるものはあまりない。

食事を始めるにはまだ早い夕方。
スペシャルカレーセット1500円とか、エビフライ定食とか・・・
そ、そんなものは頼まないと信じたいっ。頼むっ!


もし彼女が1000円くらいのものを頼んだら俺は水でいいと心に決めた。
そんな俺の決意を知ってか知らずか、


「ご注文お決まりでしょうか?」


定員がハンディターミナル片手にやってきた。


「私、ホットコーヒー」


俺は彼女のその言葉にすぐさまメニュー表のコーヒーの値段を確認する。
430円。

よ、よかった・・・!これで俺も何か頼める・・・!

 

「く・・・」

 

リームソーダください、と言おうとして、はっと思いとどまる。
連れの女の子が渋くコーヒーを飲んでるのに、17の男の俺が翠色のソーダのしゅわしゅわで喜んで、
アイスクリームをしゃかしゃか溶かしながら嬉しそうにちゅーちゅーしてるのって・・・

も、も、ものすごく変だ・・・っ

 

「く、く」

 

「く、く?」

 

同じことをオウムのように繰り返す店員。
俺は翠のしゅわしゅわを頭から消し去ろう忘れようと必死になりながら言う。

 


「く、ください・・・彼女と・・・同じもの・・・を・・・っ」

 

俺のしゅわしゅわが泡となって消えた。さようなら。

 

 

「ホットコーヒーおふたつですね?かしこまりました〜!」


店員の明るい接客声が妙に腹が立つ。
ごめん、クリームソーダ。男の見栄に負けた俺を許してくれ・・・。

がっくり肩を落としていると、小さな笑い声が聞こえてきて・・・
俺が失意のまま顔をあげると彼女が微笑んでいた。


「好きなもの、頼んでよかったんだぞ?」


ば、ばれてる・・・!!


恥ずかしくて言葉を返せず黙り込んでしまった。
また俯いてじっとして・・・きっと変に思われたに違いない。
けれど彼女はしつこく尋ねてくることはしなかった。


ただ、ホットコーヒーが2つ運ばれてくるまで、
2人とも無言のまま緩やかな空気が流れていたと思う。

 

何をするでも言うでもなく、ただ緩やかに時間がすぎていった。

 

 

コーヒーが来たのは香りでわかった。
だって俺の苦手な香りだから。
眉間に皺がよった変な顔になっていたかもしれない。


「おまたせしました〜」


こっちの事情も知らず笑顔の店員。
気を聞かせてクリームソーダもってくるとか・・・!
・・・できるわけないか。
俺は諦めてコーヒーで我慢することにした。ちょっと大人の階段を上ろう。
そういえば合唱コンクールでそんな歌を歌ったような・・・

そうだ、そうしよう。俺はもう17だ。

 


弾む会話のきっかけに、

コーヒー好きなんですか?

と聞いてみようと顔を上げた時・・・

俺は気付いた。

 


・・・さ、砂糖もミルクも入れてない・・・!?

 


俺は固まった。

目の前にはブラックを美味しそうに飲む女の子。
俺・・・ブラックでなんて飲んだ事ない・・・。


・・・でも彼女の前で恥をかきたくなくてここまで来たんだ・・・っ

後には引けない!!

 


「い、いただきますっっ」

 


頭の中でサラリーマンの忘年会の一気飲みコールが流れて来る。
それに合わせるかのようにぐいっと一気に飲み干した。
ちまちま飲むなんて耐えられない!
まるで風呂上がりの牛乳のように胃に押し込んでやった。
熱いはずなのに、熱さよりもずっと口の中のこの表現できぬ味に冷や汗がたれてきたではないか。

口の中が苦い、なんだこれは、人類が生み出した飲み物なのか・・・!?
胃から逆流しそうなのを気合で押し止める。はぁ!気合だー!!気合ぃっ!

真っ白なコーヒーカップの中は綺麗に空になった。
一瞬でブラックホールに消えたコーヒーを見ながら、彼女は目をぱちくりさせていた。

 

やった・・・!終わった・・・俺の使命は・・・!
これでもう飲まなくていいんだ!後はグラスの水で・・・っ

 

この上ない充実感が俺を包み込んでいる時、
すっとテーブルの横にやってくる人物。

 

「あ、おかわりどうぞ〜」

 

て、店員・・・!!!!


わざとか!?しかも答える前に淹れてるし!!!
並々と白いカップに注がれる、黒い液体。
俺の目の前も真っ暗真っ黒だ。


「ごゆっくりどうぞ〜」


そう言って何事もなかったかのように去っていった店員を軽く睨みつけながら、俺はわずかに震える手でカップを手に取った。
もう1度飲み干してまた店員がきたら・・・今度はちゃんと断ろう。

わんこそばはお椀を隠した時点で終わりだったはず。
頭の中でシュミレーションしてみる。
さっとやってきた店員に向かって「結構です」と言う俺。あくまで自然にさりげなく。
コーヒーが飲めないんじゃなくて、いらない、だけの男を演じてみせる。


よし!

俺は気合をいれてカップを持ち上げた。すると・・・

 


「無理しなくて、いいから」

 


彼女が、言った。

俺の手は止まる。

や、やっぱり飲めないってこと・・・ばれてる、よな?


 

でも彼女はそれ以上何も言ってこなかった。
コーヒーがやってくる前と同じに微笑んでるだけだ。
俺はそっとカップをソーサーへ戻した。

そうして暫くして・・・手を重ね合わせるようにして組んだ彼女が、口を開いたんだ。

 

「そうだ、まだ名前知らないな」


えっと・・・勝手にマーガレットさんって呼んでます。
そういえばホントの名前はまだ知らない。


「私はカガリ、だ」


カガリ、さん・・・。
兄貴・・・マーガレットじゃなかったぞ。


兄貴の読みははずれたものの、でも名前を聞けた事は大きな進歩だろう。
だって会えるかどうかもわからなかった相手だったんだぞ。


「俺は、シン。シンですっ」


「そうか、シンか。よろしくな」


右手で頬杖をつく姿も失礼なやつだと思うどころか様になっていてカッコイイ。
男の俺から見ても、「男前」というコトバが似合いそうな人だった。

 

 

・・・なんて惚れ惚れしてる場合じゃなーーーいっっ

 

 


本題に移らねば!!
俺がマー・・じゃなくてカガリさんを呼び止めた1番の理由!

 

「あの!こ、こないだは・・・うちのバ、いや・・・
兄貴を助けてくださってありがとうございました!」


やっぱりお礼から入っていくと好感度があがると思う。
お茶に誘ったのはナンパじゃなくて心ばかりのお礼ですよーという感謝をこめて。

誘い方が強引だったんだ。

ここから先は好感を持たれるような喋り方をしなくては兄貴の沽券にも関わってくるはず!

 

「ほんと、お世話になりました!ありがとうございました!」


俺が頭を下げるとカガリさんはにっこり笑う。


「あぁ、お兄さんのことか。気にするな。」


評価は上々だ。よし、いける!!


「はい!あの・・・お、俺の兄貴、どうでした・・・?」


「どうでした・・・とは?」


あ・・れ?ちょっと失敗したかもしれない?

うーん・・・そりゃそうか。いきなりすぎたかもしれない。
たった1度、ほんの数分会っただけの相手の印象を聞かれたら誰だって言葉に詰まるだろう。
ましてや目の前にいるのがその家族だったら・・・
嘘でも好印象でした、って答えるのが普通のはずだ。


「えっと・・・だからその・・・」


攻め方を変えなくては・・・!

ここは相手に尋ねるのではなく、
兄貴のセールスポイントアピール作戦でいくしかないっ!

幸い、アホだが人当たりはよくて誉め言葉なら大抵当てはまる完璧人間だ。

 

「お、弟の俺が言うのも何ですが・・・け、けっこうかっこよくありません!?」


「そう、か?」

 

アウトオブ眼中!!!!


ま、負けるな、俺!!!

 


「えと・・・えっと・・・、あ、兄貴って昔からものすごーーーーーーくもてて、
勉強もできるわ運動神経もいいわ女の子に優しくて友人からの信頼も厚くて・・・!
両親からも期待されてる上に、背が高い、高学歴、収入が高くなる予定の3高!」

 

よ、よし!嘘は言ってないぞ!
ほ、他に兄貴のいいところ・・・!

 

「そ、そ、その上趣味まで!
料理洗濯掃除の主婦必須事項3項目を制覇してるくらいで・・・!」

 

な、なんかちょっとずれてきた・・・!?

 

「ど、ど、ど、ど!動物も好きで・・!
部屋にはなんとっ!無数のぬいぐるみが!!!」

 

これは完璧違う!!!

 


ぼ、墓穴をほってしまったというか、
自分で掘った落とし穴に誤まって落ちてしまってもがき苦しむバカ人間の気分・・・。

なんてことだ・・・!
兄貴、俺の力なんて・・・こんなもんだった、ごめん!!


 

兄貴のことよく言ったつもりだけど、
じっくり考えれば考えるほど男としてはけなしてるようにしか思えない。
いかに俺が兄貴のことをどんな目で見てるのか・・・
自分で思い知らされた。反省。

 

兄貴のアホな部分を聞いてしまったカガリさんの反応が怖かった。
なよなよしいな、そいつ・・・とか言われたら
・・・終わりだ。最悪だ。

 

俺がちらりとその表情を盗み見る。
カガリさんは・・・気にしてないようだった。
変わらない笑顔でコーヒーを飲んでカップを置く。

 

そうしてどこか懐かしむように、一言口にした。

 


「お兄さんのこと・・・大好きなんだな・・・」


「まさか・・・!」


「?」


ついうっかり返してしまった言葉に俺は一瞬思考が宇宙の彼方へ飛んで行く。
慌てて宇宙から思考を呼び戻し、ありとあらゆる顔の筋肉総動員で笑顔を作り上げた。


「・・・い、いえ!まー、まー、そう!まさか・・・
ばれてるだなんて〜ハハハ!
そうなんですよ〜大好きなんですヨ〜はハはは!
いや〜あんなステキなアニキ、いませんよねぇ〜〜!ハハハハ!」


明らかにわざとらしい言葉にもカガリさんは決して深く問いかけてはこなかった。
ただ、ずっと俺から視線を離してなかったのに、
この時初めて窓の外を見やり、彼女には不似合いのぼんやりとした表情を浮かべていた。

 

 

「いいな・・・兄弟、か」

 


「カガリ、さん?」

 


あまりにも、どこか空気に溶けてしまいそうなほどの切なさが込められていて・・・
俺も同じような顔をしてしまったかもしれない。
・・・くそっ、やっぱり演技は苦手だ。
それに気付いたのかカガリさんがまた俺の方へ視線を合わせ、
まるで大丈夫だと言ってるかのように微笑んだ。


だから、その話はそれで終わった。

それ以上、何かを聞いてはいけない気がしたんだ・・・。

 

 

 

 


 

「・・・っと・・・いけない。もうこんな時間か・・・」


カガリさんが腕にはめていたシンプルな時計を見て言った。


「すまない、これから用事があるんだ、悪いが・・・」


すっと伝票を持ち立ちあがる。


「あ、お、俺が・・・払います!!」


そう言ってその伝票を奪う。
カガリさんはそれを奪い返すことなく

「ありがと」

と言って意気揚揚先にレジに向かった俺の跡についてきた。

よし!俺、男らしいよなっ!?

 

 

 

「ありがとうございます〜!860円になります〜!」

さっきのコーヒーおかわり事件
(間違いなく今年度のワースト3に入る事件だ)の店員が
満面の営業スマイルでレジを打ち金額を告げる。

コーヒーの時のように俺の予定を狂わされることはない。
なんてったって、今の俺の財布の中にはヒデヨが一枚はいってる・・・!


俺は財布を開けた。

ヒデヨ、おまえの出番だ!!


出動!とばかりに俺はヒデヨを取り出そうとした


・・・・・・・・・・・・・けど、

 

 

 

 

ない!?

 

 

 

 

 


「え?あ、れ?!」

「どうした?」

「な、なんでもないっす!!」

カガリさんが心配そうに尋ねてくれたが、俺は開けた財布の中を自分の身体でかばうように隠す。


あれ?あれ?な、なんでない!?
確か今朝、兄貴からお小遣いとして1000円もらったはず・・・だけど!?

 

今日一日の出来事を思い出してみる。

昼は兄貴の弁当だったし、パンを買った覚えも食堂を利用した覚えもない。

それじゃ何を・・・?

 


「あ!!!」


大きな声が店内に響いた。
カガリさんも店員も俺と同じくらいびっくりした・・・
何事か?と言いたそうな顔をしている。

そうだ、俺・・・学校出る時、缶ジュース一本買って飲んだんだ・・・!
で、でも、おつり・・・どこかに・・・!!

缶ジュースは1本120円。残り880円。
ギリギリだけど何とか足りる。一体どこに・・・!?俺の全財産・・・!!
財布の中に入ってないならと学生鞄を開けてがさがさと漁りだす。

が、見つからない。

店員さんのスマイルが消え困った表情になったのがわかって余計に慌ててしまった。

 

俺、かっこわるい・・・!たかが840円で・・・!
おまえ、どこに消えたんだよ!

見つからない880円に対して理不尽すぎる怒りをぶつけたくなった。
鞄からは1円さえも出てこない。


無銭飲食するわけにもいかず、
自分から払う!
なんて大見栄きったバカな俺は彼女にお金を出してもらうしかなかった。


どんぞこまで叩き落された気分だ・・・。

 

 

 

でも

 

「あ、そうだ。これ、崩したかったんだ」

 

そう言って、カガリさんはさりげないほどに1万円札を取りだし店員に渡した。

 


「1万円おあずかりいたしまーす。こちらおつりでございまーす!」

「あぁ、ありがとう、悪いな」


ヒデヨが数枚、小銭がいくらかカガリさんの手元に返ってきた。
カガリさんは何も言わずに受け取ったおつりを財布に戻し何事もなかったかのように喫茶店を出ようとした。

 

それは、俺が恥ずかしくなる間もないくらいの、鮮やかな行動――

 

 

 

こ、この人をアニキと呼びたい・・・!!!!

 

 

 

俺は彼女の後を追い喫茶店を出る。
軽く駆け出す形になって・・・


俺のジャケットのポケットから小銭が重なりちゃりんと鳴る音がした
・・・気がした。

 

 

「・・・・・・!」

 

 

・・・ぽ、ポケットに入ってる!!!!


 

なんてケアレスミス!!灯台下暗し!!うっかりはちべえ!!
あとは何だっけ?!

と、とにかく、このお金をカガリさんに渡さなくては、とポケットに手を突っ込んだものの、
どう言って渡せばいいのかわからずポケットから手を引っこ抜く。

 

 

外はすでに夕闇から夜に変わっていて、冬の時間の変化の早さに驚いた。
真っ暗闇でも光る彼女の瞳は真っ直ぐ俺を見つめていて、
それがふっと、緩やかに細められたと思うと
白い息とともにカガリさんの言葉が聞こえてきた。


「・・・楽しかったぞ。ありがとう。」


「いえ・・・こちらこそ!ありがとうございました!」


何とか、お礼だけでもきちんと言えた。
今の態度は失礼じゃなかっただろうか?

だ、だいじょうぶ・・・だよな?

 

変わらずに彼女は笑顔を浮かべていたから
・・・だから安心しきっていた。

 

「それじゃ、私はこれで」

 

「え・・・?」

 

あっけに取られてる間にカガリさんは迷いなく潔く俺に背を向け歩き出す。

あぁ、そうか・・・ここでさようならなんだ。

そう気付いた時にはすでに彼女の背中は闇に溶け込みはじめていた。
少しずつ遠く・・・
街灯が眩しいくらいのはずなのに、なぜかその姿は見えなくなっていく。

 


さようならって・・・・。

 

 


え!?
こ、ここでさよならでどうするんだ・・・!?

 

 

肝心の、1番重要な兄貴との再会もまだだってのに・・・!
どうすれば・・・どうすれば・・・!?

どんなに考えてもどうすればいいのかわからなかった。
名前を聞いたところで、次にまた会う約束を取りつけなければ結局意味がないのだ。

 

 

 

 

終わらせてたまるか!!!!

 

 

 

 

兄貴にこの名前を呼ばせてあげたい。

ただ、それだけの思いで俺は動く。

 

 

 


「あの・・・っ!!!!!!!」

 

 

 

俺はありったけの大きな声で彼女を呼び止めた。
足を止め、振り向くカガリさん。


もう、どうにでもなれ。


俺はカガリさんに駆けよりほとんど中身の入ってない学瑛鞄を開け、
そこに放り込まれていたものを手探りで取り出した。


「こ、これ・・・!」


彼女が手を出すよりも先に押しつけるように差し出す。
驚いたような顔をしてカガリさんがそれを受け取った。

無理やりだということは承知の上だ。


「俺んちの住所と電話番号のってますっっ、遊びに来て下さい・・・!」


困った表情を浮かべつつ、受けとったものを見て、さらに困惑の色が見えた。


「え・・・でも、これ・・・生徒手帳・・・」


そう、渡した物が、生徒手帳だったから。
こんなもの渡されて戸惑いを隠せないようだ。そりゃそうだろう。
いきなり、俺だってどうしたらいいのかわかんないさ。


「はい!だ、だから・・・遊びに来た時に返してください・・・!それと・・・」


俺は制服の上から羽織ってるコートの大きなポケットの中に手を突っ込んで小銭を捜し出す。
突っ込んだ手がいくらかのお金を掴みとり手を引き出した時、
なんだかポケットティッシュのようなものを落としてしまったようだった。

でもそれを拾い上げてる間も勿体無い。

 

「これ・・・俺の有り金全部ですっっ」

 

わずかな小銭をこれまた押しつけた。

 

「あ・・・あのさ・・・」

 

条件反射か、ぱっと手を浮かせたカガリさんの小さな右手を掴み、
その手のひらに小銭を乗せる。

 

 


「それじゃ・・・!また!絶対、また!!」

 


また今度、を強調させて。

 

畳みかけるように話しかけ背を向け走り出す。
最後の彼女がどんな顔をしているかは見えず。

俺を呼び止める声が聞こえたけど・・・とまることはできなかった。
だって、一瞬でも沈黙がよぎれば上手くいかない気がしたんだ。

 

 

 

 

イチかバチかの賭けだった。

これで彼女が生徒手帳を返しに来てくれなかったら・・・ジ・エンド。

 


どうか神様!俺の押しつけがましい勇気を称えてください!

どうか・・・兄貴に奇跡を・・・!

 


天を見上げた俺の、暮れた空に吐く息が白くてふわふわ空へ昇って消えて行く。
がむしゃらに、逃げるように走って帰った。

 

 


これから先の未来は、神様しか知らない。

 

 

 

 

 


「・・・・・ハンカチ、落としてるんだけど・・・ウサギの」


そう言いながら、ウサギさんハンカチを拾い上げられていたことも知らない。

 

 

 

 


2 END

 


思ったよりどんどんながーくなっていくこのお話。
私が1話あたりこんなに文をかくのってホント珍しいです…。
でも残り4話!3話で急展開を見せて、4話でぎゅっと凝縮させて、
5話で皆様ときめかせて、6話でハンカチ片手に泣かせたいです!(笑)

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