ザラ家族物語・番外編 ―静かな夜に―

 

 

 


暖冬のニュースが地球温暖化問題とセットになって世間を賑わせていたかと思えば、相変わらず気象情報はアテにならないことを思い知らされた真冬の寒波到来。
部屋のウォークインクローゼットの奥の奥にひっそり隠れてあったダウンコートを引っ張り出し身につける季節がやってきた。
「うぅ〜、寒っっ」
ここ数日の急な冷え込みに身震いしながら早足に学校から自宅までの帰宅を急ぐ。
2学期の授業はもうとっくに終了してるんだけど今日は担任に呼び出しをくらって数日ぶりに登校していた。
担任からの話はすぐに終わったものの、その後つい校内の図書館でおもしろい本を読みふけってしまい気付けば外は暗く太陽が沈みかけていたのだ。
「なんでこんなに寒いんだよっ」
首筋を温めるためのマフラーをとにかくぐるぐる巻きつけて・・・それでもこれが役にたってんのかたってないかわかんないくらいの寒さである。


この寒さに加えて小遣い前の俺はどこかで遊んでいくなんて寄り道さえできず。
休日だというのに部活帰りなのか学生服姿のままはしゃぐヤツらとか、デート中のカップルなど俺には全然関係なかった。

その中で腕を組んで歩いてるカップルの女が目障りなほどいちゃついたまま男に尋ねていた。
「ねぇ〜、今日は何プレゼントしてくれるのぉ?」
そうだなぁ〜、なんてその気をもたせて返事する男の背中を蹴ってやりたいのをぐっと堪えながら、俺は見なかったふりをして通りすぎる。

・・・くそっ、羨ましいなんてこれっぴちもちょっぴりも思ってねーんだからなっ


そう、季節は12月の24日。どこの誰が言ったんだが恋人たちのクリスマスらしい。
イルミネイションが煌びやかだろうと毎度おなじみのクリスマスソングが耳に届こうと俺には関係ない。
両親からと兄からと、今年は義姉からものプレゼントを心待ちにするという意味ではさっきの女性とおんなじだけど・・・
「別に彼女なんていなくても死にはしないしっ」
誰に言うでもなく、俺はさらに歩く速度を速めた。決して強がりじゃないからなっっ

「・・・ん?」

そんな俺の目に飛び込んできた1人の男、道行く人々の足を止めようとしてるのか、手当たり次第に声をかけている。
時折仕事帰りの忙しいサラリーマンとぶつかるようにすれ違い通りすぎる中どこかで見たことあるその男は、

「ケーキいりませんか〜?」

というクリスマス特有の台詞を叫んでいるのではなく

「CDはいりませんか〜?」

とにこやか・・・の下に何か潜んでそうな微笑みで何かを売りさばいてるではないか。

「・・・・」

あぁ・・・この男、どこかで会ったことがある。というか餌食になったことがある。というか餌食にされている。

「・・・・・・・・・・。」

1人で暮らしてるマンションまではこの駅前をさっと通り抜けていくのが一番近い。
いやだがしかし、背に腹はかえられない。少し遠回りになろうがもうそれでいい。持ち歩いていた学生鞄で顔を隠すと俺は踵を返した。
ところがどっこい、神は俺をあっさりと見捨てたのだ。

「あれ?・・・君!そこの君!」
「イエ、人違イデス!!」

そのまま背を向けて早足で逃げ去ろうとした俺に、

「ねぇねぇ、君、どっかで見たことあるよね?」

悪魔は微笑みかけて俺と同じスピードで走って来る。つーかついてくんな!!!ほっといてくれ!!!

「アノ〜、人違イデスカラ!!メチャクチャ人違イデスカラ!!!」

無視を決め込みなるべく視線を合わせないよう注意し、マフラーで口元を覆い隠しながら足早に過ぎ去ろうとした。
だがこいつは諦めんとばかりについてくる。
「ねぇねぇねぇ、こっち向いてよ〜」
ナンパにしたってここまでしつこくなんてない。
そもそも今はこういった声かけ呼び止めは非常に厳しく罰せられるはずだ。
訴えればいくらもらえるんだろうか、なんてことを考えながらも俺は振り返ることなくさらにスピードアップ。

「・・・・・・・・・」

家まで逃げ切ればどうにかなるはず。こうなったらここはひたすら無視だ!!!

「ねーーーーーー、君、アスラン・ザラの弟のシロ君だよね!?」

「俺は犬かーーーー!!!!」

「あ、そっか、ごめんね。ポチ君・・・」

「だから犬の名前じゃねーーーっての!!!シンだっての!!!!シン・ザラ」

はっ・・・!しまった、つい答えて・・・ってかいつものクセでツッコんでしまった・・・!!気付けば足も止めてしまっている。

「あはははは。2文字ってことだけ覚えてたから、シロかポチかクロだったかなぁって思ったんだけど、ごめんねぇ」

犬の名前しか思いつかねーのか!・・その顔は、謝罪しながらも悪いとは微塵も思ってない微笑だった。
そして悪魔は、ありがた迷惑すぎる細やかないらない気遣いを見せる。

「ねぇ、よかったら家によっていかない?すぐそこなんだ」
「イエ、結構デス」

即答した俺の両肩に手を置く、悪魔。

「あはは。遠慮しないでよ〜。カガリの義弟なら僕にとっても奴隷なんだから」

「行きたくねーーーー!!!!ぜってー行きたくねーーーーよ!!!!!!」

「あはははは。いいからいいから〜」


胸倉を掴まれ振りまわされるんじゃないかと思うくらい強引に俺は引きずれらたまま彼の家へと向かう事になった。 
カガリさーーーーん、助けてーーーーーー!

 

 

 

 

駅から歩いて・・・というより引き摺られて15分。
築40年はたってそうな古びた2階建てアパートの前で立ち止まる。
そこは今にもミシミシという音が聞こえてきそうで幽霊騒動のひとつやふたつあってもおかしくないくらいで・・・こういうのがあまり得意ではない俺は思わず息を呑んでしまった。
弁解しておくが・・・得意でないだけであって苦手ではないから!!
とにかく・・・見上げたアパートの第一感想はそれだった。とてもアスハ家の息子が住んでる場所ではない。

「2階なんだ」
そう言うキラさんの後に続いて埃っぽい階段を昇る。
一歩上がるたびにカンカンと鳴る随分古い・・・いやクラシカルな面持ちの階段だ。
奥にある部屋の前で彼は立ち止まった。

「さぁ、入って。何のおかまいもするつもりないけど」
「はいはいはいはい!!!!」

とにかく、こんなところ適当に挨拶終わらせて帰ればいい。
キラさんが鍵を使って部屋の扉を開けると、帰ってきたのを察知したのかさっと1人の女性が奥の部屋から出てきた。

「おかえりなさいキラ!」

桃色の長い髪をふわふわ揺らしながら、可愛らしいその女性は、その風貌に似合ったこれまた可愛らしい声でキラさんを出迎えた。
ラクス・クライン。夫婦デュオ、ラ・クプルのメインボーカル。

「ただいま〜」
「随分遅かったのでどこかで女の子をひっかけてでもしてないかと心配してましたの・・・・・あら?」

他愛無い?会話の途中でふと俺を見たラクスさんが小首を傾げた。

「あ・・・こちらはポ」
「シンです!!!シン・ザラ!!!!!!」
「あははは、そうだったね〜」

キラさんの悪意に満ち満ちた紹介を遮り、なんとか自分の名を伝えることに成功した俺は、ラクスさんの微笑みに促されて部屋に足を踏み入れようとした。

「お、おじゃましまーす」

高校生のくせに1人暮らしの上いいマンションに住んでた俺は、やっぱりアスハ家の人間がこんなちっちゃな一室に住んでいることが信じられない。
失礼だという言葉をすっかり忘れてしまっていた俺は、玄関で靴を脱ぐのも忘れ棒立ちになり遠慮なくあたりをきょろきょろ見まわししまって・・・
その真意にラクスさんが気付いて寂しそうにつぶやいた。

「・・・キラはわたくしについてきてくださったばかりにこんな思いを・・・」

その台詞にはっとして顔をあげると、キラさんは俺を笑顔で睨みつけてきた。そしてすぐにラクスさんの肩にそっと手を置いた。今度は優しい顔で・・・

「何言ってるの、ラクス。僕は君を愛してるんだから、君がいるならどこにいたって天国だよ」

「キラ・・・・・」

「そう、君がいてくれればそれだけで、裸豆電球はシャンデリア、共同トイレの家もベルサイユ宮殿、ダンボールはシルク」

「まぁ・・・」

「めざしも子持ちししゃもだよ」

「キラ・・・!!」

最後の意味不明ーーーーーー!!!!!
でも俺、傷つけたからつっこめねーーーーーー!!!!!


 

「あ・・・いけませんわ。今すぐお茶をいれますわね」

目尻の涙を白く細い指で拭い、ラクスさんは慌ただしく簡素な最低限の設備であるキッチン・・・と呼べるのかさえ微妙なガスコンロ台の前に立った。

「あ・・・別にお構いなくていいのに」

キラさん、それ俺の台詞です。

「まいっか、シンくんどうぞ」

そう言われてから俺は靴を脱いで部屋の中へとお邪魔する。
今度はあまり回りを見渡さないよう気を付けながら・・・・。

 

 

 

部屋の中へと通された俺は冷えた体を温めるようにコタツの中へ足をもぐりこませた。鞄はそばに置く。・・・中身をとられないように最新の注意を払って。

「うー・・・コタツって久し振りです」

「そう?喜んでもらえてよかった。これ安物だけどね」

たしかに・・・2人には似合わないような安っぽさが漂う一品である。
ところどころほつれたまんまで、それを隠すかのように柄の違う布であてがい縫い繕われた努力が垣間見られるそんなコタツ布団だった。

「で、でもコタツはやっぱりいいですよ!オーブに住んでるんなら冬はコタツですって!」

「そう?ありがとう」

悪魔の笑みが、ラクスさんに向けられたような優しい笑みにかわったその時・・・

 

ガシャーンと大きな物音。

 

ガラスか何か割れた音というのはすぐにわかった。

 

反射的に俺とキラさんはばっと振り向くと・・・
仕切りも何もない、ガスコンロの前でラクスさんが狼狽しながら床に散らばったガラス片を見ていた。

「ラクス・・・!」

キラさんはマッハで立ち上がり、すぐさまラクスさんのそばに行き、細い指をそっと一回り大きな手で包み込む。

「怪我・・・してない?」

なぜこういう行動だけは素晴らしく素早いのだろうか。
ラクスさんはうっとりしたような表情で小さく「えぇ」と頷いた。

「でも・・・どうしましょう・・・」

ラクスさんの視線がまた床に落ちる。
ばらばらに散らばった白い破片は、どうやら温かいお茶を注ぐためのカップのものだとわかる。
このまま散らかしたままだと当然だが危ないだろう。

「どうすれば・・・!」

いや・・・どうすればもなにも片付ければ・・・

「困ったな・・・可愛いラクスに怪我なんてさせられないし、僕も指を傷つけたら楽器がひけない・・・ッ」

「・・・・。」

二人手を取り合い、ただただ床を眺め続ける。

「あぁ・・キラ、わたくし怖くて触れることができませんわ・・・!」

「死活問題だよ!・・・こんな時、こんな時、すぐ片付けてくれる義弟がいれば・・・ッ!義弟が・・・!いれば!」

「・・・・・・・・。」

一向に片付ける気配のない二人の視線は、床から何かを期待するかのような瞳でこちらに向けられる。
何を期待してるのかなんて、聞かなくてもわかる。

 

あー・・・・・、はいはいはいはい俺の出番なんですねっっっ

 

「・・・片付けます」

その一言に二人は満面の笑み。

「ど、お客さんにそんなことさせられないよ」

「奴隷って言おうとしましたよね!?」

「あはは、ごめんねポ・・・シンくん」

「ポチって言おうとしただろう!!??」

不遇な境遇で培われた悲しき突っ込みが悲しくも冴え渡る。
もう嫌だ、早いとこ片付けて、適当に理由つけて帰って寝たい。

あたりをきょろきょろ見回して、散らばったガラスを片付けるのに使えそうなものを探すと、壁際にぽんと立てかけられている箒と塵取り。
他にちょうどよく使えそうなものはなかったので遠慮なくそれを手にしようとすると・・・
「あ・・・それは・・・」
言葉を濁すラクスさん。

「使っちゃ駄目なんですか?」

「いいえ、使ってもかまいませんが・・・キラと早く二人きりになりたくて、逆さに立てかけておいた箒ですのに・・・」

「そんな長居しませんから!!!!」

無理やり引っ張られ引き摺られここまでつれてこられたのに、この人までお邪魔ムシ扱いとは・・・!

「ごめんねラクス。彼がどうしても来たいって言ったから・・・」

いつ!!??ねぇ、いつ!!??誰が!!!???

手にした箒を使い殴ってやりたくなるも、ぐっと我慢。
本来の使い方である掃除に使用するため、俺は何も聞かなかったことにして黙々と作業を開始した。
しかし、細かな破片を箒で掃き集めながら、つい口を滑らせてしまう。
「あー、もう・・・ラクスさんもどうしてこんなやつを・・・っ」
言ってしまってからすぐにはっと気付く。今のは禁句だったかもしれない。というより、キラさんが怖い。怖い。怖すぎる。
ちらりと様子をうかがうと・・・やっぱりキラさんは微笑みながら黒いオーラを撒き散らしていた。

 

・・・・。

 

俺はひたすら床を箒で掃き続けていた。掃除が永遠に続けばいいのに。手が止まるのが怖い。

 

「あらあらまぁまぁ」

そんな重たい空気をなだめるようなラクスさんの声に救われる。

「ふふふ。実はわたくしには双子の妹がいまして・・・その子は【ぐらびあたれんと】というお仕事をなさってますの」

懐かしい日を思い出したのか、彼女の瞳がそうっと閉じられる。ひとつひとつを思い出すように、その口調がまた一段とゆっくりとなりながら、過去を教えてくれた。
気付けば俺の手はとまっていてラクスさんの話に真剣に耳を傾けていた。

「わたくしと違い妹はものすごくスタイルがよくて・・・殿方はいつも妹とわたくしの胸を見て比べますの・・・」

手のひらで胸を覆ったラクスさん。
つい胸に目がいきそうになったけど隣にいたキラさんの目がマジで怖かったので、なんとか視線を逸らした。

「でもキラは、わたくしの胸を見なかった初めての殿方でした」

そう言い、ゆっくり瞳を開きキラを見る。

「僕は貧乳だろうと爆乳だろうと女の子なら誰でもいいから」

「まぁ、キラ・・・うふふ!キラ・・・」

 

それから彼らは見詰め合って

 

「ラクス・・・」

 

「キラ・・・」

 

「ラクス・・・」

 

「キラ・・・」

 

「ラクス・・・」

 

「キラ・・・」

 

「ラクス・・・・・」

 

「キラ・・・・・・・・・」

 

「ラクス・・・・・・・・・・・っ」

 

「キラ・・・・・・・・・・・・っ」

 


俺は掃除を再開させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

粉々に散ったガラス片を箒とちりとりで完璧に綺麗にすると数分。
ガラス片が一かけらでも残っていたら無事に帰してくれなさそうだったため、かなり真剣に取り組んだつもりだ。
多分うちの掃除でさえここまで気合はいれないだろうに・・・年末の大掃除10年分くらいの労力だ。
さて、なんで俺は馬鹿夫婦一組のそばで、こんなことをしていたのだろうか。

「ごめんね〜、今あんまりお金なくってさ。掃除機もないんだよ」
すでにコタツ布団の中でぬくぬく温まっている夫婦の夫キラさんが「あ、やっと終わったの?」という一言とともに声をかけてくる。

俺は首を2回縦に振って終わりましたと伝えた。心労から声が出てこない。もう帰りたい。
というよりもコタツ以外の暖房器具のないこの部屋は、壁と壁の間から隙間風が吹いてるような気さえもする。つまりとにかくとてもとても寒いのだ。
部屋に一歩足を踏み入れた時は外のあまりの冷気に気付かなかったが、掃除して体を動かしていたにも関わらず、今は寒さで手が震えている。
手をこすり合わせながら、キラさんとラクスさんが体を温めているコタツへと向かった。正しくは、コタツそばに置いてある鞄を手にするためだ。
ここは危険だ。もう帰れ、と俺の第六感が叫び声をあげていたからだ。


けれどそれに気付いたのか、キラさんは俺が無視することのできない台詞をぶつけてくるではないか。

「そういえば・・・カガリは元気?」

「あ、はい・・・。たまに俺んちに遊びにきてくれます」

実の兄と結婚したばかりの義理の姉、カガリさん。
反射的にそう答えてしまってから「しまった」と思うも時すでに遅し。
鞄を奪い去ってこの檻から脱走するつもりだったのに・・・うっかりタイミングを逃してしまったじゃないか。
仕方なしに何でもなかったかのように、こたつに足を滑り込ませた。

「そうか・・・元気なんだ、よかった」

さっきまでの腹黒さはどこへやら。
兄弟を心から心配する兄(弟?)の目になっていた。

「キラはカガリさんのことがとても大切ですものね」
「うん」

嘘一つないまっすぐな言葉。俺は同じことを聞かれても照れてそんなこといえないだろうな。
さすがに男兄弟とは感覚が違うんだろうけど・・・

「なんで、キラさんはアスハ家を出たんですか?アスハ家が嫌いなんですか?」

「ボクはラクスといっしょに二人でNo1歌手になりたいんだ。それだけだよ」

ずっと知りたかったことの一つを尋ねてみると、教科書に載ってるような優等生な答えが返ってきた。
でも少し邪推してしまう。
芸能界の裏側なんてこと詳しく知るはずもない俺だけど、せっかく大きな夢があるんだったら大きな家を利用してもよかったはずだ。
もちろん実力がなければ一瞬で叩き落される世界だろうけど、2世タレントが溢れる芸能界ならそのほうが単純な近道だったはず。

「でも・・・アスハの人間なんだから・・・少しくらいコネとか使えたでしょうに・・・」

興味本位だった。さすがにこの質問は失礼だったと言ってしまってから後悔もしてしまったんだけど、この時はただ知りたかったんだ。

 

「それは違うよ、シン君」

 

間髪いれずきっぱりと否定された。

 


「僕は確かにアスハ家だ。でも、ラクスと2人で歌手として全国区になるという夢は自分たちの手で叶えなくてはいけない」

 


真剣なまなざしにはっとさせられる。キラさんはカガリさんに似た優しい微笑みを顔に浮かべた。


 

 

「アスハだけどアスハに頼ってはいけない。僕はただのキラ、だよ」

 

 


「キラさん・・・」


 

 

あぁ・・そうか。

 

俺も反抗期だった頃、ザラ家の人間であることがイヤだった。
周りの大人たちは媚びてくるように近づいてくるし、裏では何を言われてるのか不安で人間不振に陥りそうになったこともある。
俺とザラ家の繋がりが疎ましく感じたことも・・・でもそれは、ザラが嫌いなんじゃなくって、
俺は俺であることを証明したかったんだ。
キラさんはきっと、証明できる何かを手にしようとしている人だ。自分の実力で、全ての壁を打ち破ろうとしてるんだ・・・!

 


今までキラさんに対して抱いていた猜疑心がすっと晴れていった。
やっぱり彼はカガリさんの弟だ。力強くまっすぐで、自分の言葉を信じぬく。かっこいい人だった。
今日、ここに来られたことが嬉しく思う。キラさんの本当の姿に出会えて・・・気付けたことに。


 

「ところでキラ。わたくしそろそろ携帯電話の支払い期限なのですが・・・」

感動していた俺の耳にラクスさんのやわらかい声が届く。

「あ、そう?じゃ50万くらいでいいかな〜」
「そろそろ来年発売予定のCD制作費も欲しいですわ」
「じゃもう一桁いく?」

専門用語でもなんでもないのにわけのわからない会話が始まった。俺は素直に疑問を口にする。

「・・・えっと・・・あの、何の話で?」

立ち上がり押入れの中からごそごそと小さめのノートパソコンを取り出したキラさんは振り向きざまにこう言った。
「あぁ、アスハ家の銀行口座からお金降ろすんだ。今、パソコンひとつでこっちの口座に入ってくるようになって、不正も便利な世の中になったよね〜」
「偽造カードもありますわよ」
ラクスさんがダメ押し!とばかりにカードをどこからともなく取り出し、コタツ机の上に一枚一枚トランプのように並べだす。
ゴールドはもちろん、ブラックまで色とりどりのカードたち。

「ちょ、ちょっと!!!これって犯罪!!」

「いいんだよ。僕はアスハ家のキラなんだから」

さっきと言ってること違うーーーーーーーーーー!!!!!!!

 


「だ、だったらもういっそ実家に住め!!」

敬語も忘れどなりつけた俺に、ぷーっと拗ねた子供のように頬を膨らませて

「だって〜、大きいうちだと自室だけでも掃除がめんどくさいでしょー?掃除いやー」
とキラさんは反論する。

「そんな理由でここに!!!!」

「あ、ちなみにラクスはお嬢様だからできないんだ。僕はものぐさだからやらないんだ」

「やれよ!!!!」

「この部屋だって必死になってやっとのことで綺麗に保ってるんだよ!」

開き直ったかのように威張られても!!

「そんなに掃除嫌いなら、掃除してくれるメイドでも掃除屋さんでもなんでも雇えばいいだろ!!!」

「「!!」」 

2人にとって俺の提案は目からうろこ、だったらしい。
はっとしながら顔を見合わせ納得したようなに頷き、先に言葉を発したのは瞳を輝かせたラクスさんだった。

「キラ、5000万円に変更ですわ!」

「駄目だよ!豪邸にしよう!2億くらいにしておこう!」

急に桁が違うーーーーーーー!!

「ありがとうシンくん、君のおかげで道が開けたよ!」

俺、共犯者ーーーーーーー!!!!!????

「捕まったら、シンくんに助け求めるね」

やめてーーーーーーー!!!!!!!


「ら、らくすさん・・・!」
今ならまだ彼を止めることができる!と最後の砦(だと思われる、いや思いたい)のラクスさんにしがみつくように目線で訴えかける。
彼女はキラさんに似た柔らかな笑顔でこう言い放った。

「大丈夫ですわ。アスハの物はキラの物、キラの物はわたくしの物」

この人、この作品で実は唯一の常識人だと思ってたのにぃぃぃいいい!!!!!

 

父さん・・・母さん、兄貴・・・カガリさん・・・ごめんなさい。
この年で犯罪の片棒を担いでしまいました・・・。

 

 

 

「そんな落ち込まないでよー。しょうがないでしょ、全然売れないんだもん。生活やってけないでしょ?元気だして、ねっ」

がっくり肩を落としてしまっていた俺に、キラさんが優しいのか優しくないのかわからない言葉をかけてきた。

「そうですわね〜。どうして売れないんでしょうか。キラだって楽器の才能がありますのに・・・」

楽器・・・?俺が無理やり聞かされたことのある(重要)彼らの代表作《わだかまりの詩》、の中で彼が楽器をひいてるパートがあっただろうか・・・?
今の音楽技術だと、ド素人でも楽器の音色を作り出すことができたはず。
あの結婚式の後に突如開かれた生ライブの時だって、キラさんは楽器なんて使っていなかった。ラクスさんの後ろで変な踊りを踊っていただけだったんだが・・・。
でももし何かひとつでも弾けるというのなら・・・ギターでもピアノでもバイオリンでもドラムでも、ラ・クプルを売り出す大きなセールスポイントになるに違いない!

「ひとつ聞きますが・・・、楽器ってなんですか?」

「リコーダーとピアニカ」

それ誰でもできるじゃん!!!!
俺、習ったし!!小学生みんな弾けるし!!!


お気楽のほほんと、「じゃあ弾いてあげるね〜」と立ち上がり先ほどパソコンを隠していた押入れの中にちょこんと置いてあった箱の中をがさがさ捜索しはじめる。
俺は慌てて彼の行動を止めた。

「ちょ、ちょっと!あ、あのですね・・・キラさんは作詞作曲だけに集中しません・・?あとら、ラクスさん声はすごくいいんだからバラードとか・・・」

無理やり聞かされたことのある(重要)《わだかまりの詩》は、メロディとそれを歌うラクスさんの声のすばらしさだけはしっかり覚えている。
それを根底からひっくり返すような、もったいないほどの昼ドラ詩は、彼女の天使のような透明な歌声には似つかわしくないのだ。
そもそも誰が旦那が女と逃げたとか離婚届が届いた・・・なんて夫婦の深い溝を聞いて喜ぶというのか。

「あ〜〜〜!もうっ」

俺はとうとう痺れを切らした。

「俺が書く!!」

「え?・・・それはどういうことですの?」

「俺もラ・クプルが超有名歌手になるよう手伝いますから!とにかく紙とペン!」

俺の言葉にラクスさんが
「はい、どうぞ」と裏が真っ白なちらしの束を差し出してくる。

それを受け取ると自分の鞄の中からボールペンを取り出し、殴り書きのように綺麗だと思える単語を並べていった。
ペンを持っていない左手は夕食の買出し中の主婦のように口元を覆いながらコタツ机の上に肘をつく。
何かいいテーマはないかと自分の人生を降り返る。大恋愛の経験なんて0だが、この際こどものような初恋でもなんでもいい。

少なくとも夫婦の溝がテーマより数千倍ましだろう・・・。なにか・・なにかいい思い出・・・そこでピンときた。

「・・・そう!クリスマスだし、ちょっと遅くなったけどそれテーマにした歌とか!」

子供も大人も、楽しい記憶がたくさんあるだろう。ラクスさんの歌声なら聖夜にぴったりの清純で綺麗な歌になるに違いない!

「クリスマスかぁ・・・」

「聖なる夜に、とかどうです!?」

「性なる夜・・・いいね」

「漢字違う!!!!」

この人の頭ん中はいっつもこんな感じなのか!?

「聖夜ボツ!!!えっとっ、じゃあ!静かな夜に、とかそんなのは!?」

「わたくしとキラの夜はいつも激しいですわよ?」

「そーゆー意味じゃねーーーーー!!!!」

この人までも!!!

「あのですね!生活かかってるんだからもっと真剣に!!」

「でもあんまり深く考えると疲れてくるよね・・・」

あくびをしながら答えられた。俺、ブチギレテいい?

「わたくしも・・・眠くなってきましたわ・・・」

「そう?じゃ残りは彼にまかせて寝ようか?」

「ちょ・・・っ、寝るのかよっ、ほんとに寝るのか!?」

寝室なんてなさそうなこの家で、コタツにもぐりこんで横になろうとした夫婦を慌てて止めようとすると

「まぁ、安心してくださいな。寝ると言ってもそういうことはいたしませんわ。うふふ」

「まったく。これだから若い子って・・・頭がいつもピンクなんだよねー」

と返された。

 


それはおまえらーーーーーーー!!!!!

 

 

「「じゃあ、おやすみなさい〜」」

綺麗にシンクロしたおやすみの挨拶のあと、キラさんはラクスさんのそばにいき二人はきゃっきゃ言いながら寄り添い腕枕つきで、本当に、寝た。

・・・・・。

マジで!マジで!本当にマジで寝るの!!??

 

「くっそ〜〜〜〜!!!あーもう!適当に書いてやるっっ」

おまえらの曲だろっっ、少しは真剣に取り組めっての!!!

 

 


シン・ザラ、17歳。
彼女いない暦17年。

メリークリスマス!聖なる夜に、ちらしの裏とにらめっこさ。
隣には腕枕で抱きしめあいながらすやすや眠る、夫婦一組。

 

 

♪しずかなこのよるにあなたをまってるの

 

 

「・・・・・・・・・・・しずかなぁ、よるにぃ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

作業を終えたのは、寒空に朝日が昇る頃だった。
一晩寝ずにすごしたことなんて過去にも何度もある。超人気対大作RPGをほぼ3日間ぶっ通しでクリアしたことさえある。
しかしこんなに疲れきったことなど、一度だってなかった。

充血した目をこすりあげる元気もなく、俺は歌詞が書かれた紙切れ(ちらし)を机の上に置くと一仕事終えたサラリーマンのように背伸びをする。
二人はまだ幸せそうに夢の中。
俺は起こさずに学生鞄を手に、「二度と来ねぇ・・・」の一言を置き土産にこの家を去った。

 


外に出た瞬間、目に飛びこみ体に浴びせられる朝日の眩しさが俺への祝福のようだった。
考えて見れば《あのポエマー》と過ごした日々はこの日この瞬間のためだったに違いない。
そんじょそこらの作詞家には負けないような男子高校生が作ったと思えない詩は自画自賛してもいいだろう。


カバンの中から、つっこみ疲れのために常備してる俺の生命線、喉アメをとりだした。
少しすっぱいそれを口の中で転がすように唇を動かすたび、小さな白い息が目の前に現れては消えていく。
「さ゛む゛っっ」
風邪の季節到来。・・・でも風邪なんて関係なく枯れた声の俺がそこにいたのは間違いない。

 

 

 

さて、俺が作詞した【静かな夜に】のことだけど・・・
その翌年、これがWミリオンの売上となり、武道館ライブ、レコ大受賞に紅白出場・・・
ラ・クプルが正真正銘の全国区になることとなるが、

「くそーーーさみぃ!来年はあいつらには絶対関わらないでおくっっ」

やっぱりこれも、印税0の俺には関係ないことだった。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなのドタバタ劇を終えうちにたどり着くと・・・

「「おかえりシン!!」」

そこにいたのは俺の兄と義理姉の馬鹿夫婦二人。
そして、目の前に掲げられる【祝・初朝帰り】の横断幕。

「あ、これか?カガリといっしょに寝ずに朝まで作ったんだよ」

「あ、寝るといってもいやらしい意味じゃないぞ!ふふふ」

「もーシンはスケベだなぁ、あははは!」

「「あはははは!!」」

「・・・・・・・。」


今日わかった。
間違いない。この話、常識人は俺だけだった。

 

 


 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

☆★☆あとがき☆★☆

 

久しぶりの新作でした。アスカガじゃなくってごめんなさい・・・。
実に2年越しの作品でした(爆)。
なんでこんなに時間がかかったのか・・・スランプ真っ只中なんでしょうか。
アスラン兄さんの影響を受けてか実は作詞家センスのあったシンくん。
しかし《静かな夜に》は作詞作曲もちろんキラ様名義です。
シンの「シ」の字もでてきません(笑)。せめていつか彼女ができるといいね!(笑)

 

 

さて・・・・・・・・・・あとがきまで読んでくださった皆様に感謝の気持ちをこめて、
あんまりお待たせしてしまったんで、急遽ファイナル+、アスカガ+してみました〜!!

 


どうぞ!⇒静かな夜にその頃のアスカガ編

 

 

 

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