あなた

 

 

 

 

 

今朝は寝坊した。


いつも平日の朝はアスランより先に起きて、朝食を作り彼を起こす。
けれど今日は起きたらすでにアスランの姿はなく、テーブルの上に「ゆっくりしていて」と一言だけ書かれた手紙が置いてあった。
多分、寝坊の原因を作ったことを反省しつつ彼なりの気遣いで起こさずにいてくれたのだろう。


「珍しかったよなぁ・・・」


次の日が仕事の日の夜は、互いに何も言わなくても、手加減されるししてくれる。
だから珍しかったのだ。明け方近くまで離してくれなかったのは。

時計の針が指し示す時刻を確認すれば、お昼前。
充分ゆっくりしていたようだけれど、まだまだ眠気が拭い切れない。
今ごろ仕事で大変なアスランを思えば妻として失格かもしれないが、
だるさと眠気はもはや自分の思いとは反対に身体を支配していて、カガリはソファにごろんと寝転がった。

 

 

 


どれだけそうしていたのだろうか。
はっとして目が覚めると、さっき確認した時計の時刻は分針がさらに一回り近く動いていた。
さすがにカガリも妻として情けなくなり、寝ぼけ眼のまま起きあがる。
何か音を耳に入れて目を覚まそうとテレビをつけると、ちょうどお昼の主婦向けの番組の途中だった。

『可愛い奥さまであり続けるために・・・』

ぼうっとしていたカガリの耳が興味で反応し眠気は吹き飛ぶ。
アスランにとっては可愛くて仕方のない奥さんなのだが、自分とは無縁だと思っているカガリにはどうしてもいまいちピンとこない事柄だ。
そして気になる。

司会者と女性アナウンサーとゲストコメンテーターの図は朝や昼のテレビ番組ではよく見るものだが、
今回はゲストの男性コメンテーターが少しばかりお喋りで、司会者はただ頷いているだけのような気がする。

『いや〜。やっぱり可愛い妻だと思うのは男の言うこと何でも聞いて頷くそんな素直な人ですね〜』

テレビの中の女性アナウンサーの眉がぴくりと吊り上がったような気がしたが
コメンテーターは気付かないまま言葉を続ける。

『最近の女性は自我が強いですからね〜。喜ばしいことではないですよね〜』

きっとこの番組はこのあと、世の女性から苦情が殺到するのだろう。
番組スタッフに同情しながらもカガリはリモコンを使ってテレビの電源を切ると、
寝起きの頭をさらに叩き起こすためにキッチンのコーヒーメーカーを使うことにし立ちあがった。

 


「・・・・・・男の言うことねぇ」

カップを取り出しながら一人呟く。
思えばアスランは、あんまり自分の言いたいことをぶつけてこない。
ほとんどカガリの我侭を聞いて頷いてくれている。
さっきのコメンテーターの、可愛い妻とは正反対だ。
むしろ可愛い旦那、か?
あくまで想像だが、尻尾を振ってわき目も振らずに自分のもとへと笑顔でやってくるアスランを思い吹き出してしまう。

それにしても可愛い妻とは、本当に男の言うことを大人しく黙って聞きつづけるそんな女のことを言うのだろうか。
普段は気にならないことが、なぜだか今すごく気になってくる。
起きぬけに頭に入ってきた言葉だったから、余計にそうなのだろう。

そもそもアスランが自分のことをどう思っているのかわからない。
愛されていることを疑うなんてこと絶対絶対ないことだけれど、
もしかしたら自分の言いたいことをぐっと我慢して付き合ってくれている部分もあるかもしれない。
思い当たる節はたくさんある。
そう思うと、さっきのコメンテーターの言う「可愛い妻」とは違うことを思い知らされる。

そのうち「可愛いくない妻」に愛想をつかすかもしれない。
そして新しい「可愛い妻」を求めるかもしれない。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

アスランはネガティブだ。
優柔不断なところもあって情けないところもたくさんで女性の扱いがはっきり言って下手。

・・・けれど、瞳が優しくて思いやりがあって、いつだって真摯で一途であったかい。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・女はほっとかない・・・」

そう、絶対ほっておかない。
あんなに素敵な人、世の中探しまわったってそうはいない。
恋愛なんて異性になんて興味のなかった自分がこれだけ惚れてしまっているのだから、
世の中の女性らしい女性たちは一目で彼に射抜かれてしまっているかもしれない。

 

カガリは慌ててカップをシンクに置きキッチンから出てリビングのテレビをもう1度つけた。
やはりまだあの男は知ったか顔で喋り続けていて
『言葉遣いが乱暴な女性もダメですね。旦那が帰ってきたらおかえりなさいませ、くらい言わないと』
と、やはり世の女性の反感を買うような言葉もまだ続けていた。

そして最悪なことに、この男が言った言葉は、そのままカガリにぴたりと当てはまる。

「・・・・・・・・・・・・ど・・うしよう・・・」

普段なら気にならないのに、カガリはその男の言葉をしっかりと耳に入れてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「お、おかえりなさい・・・ませ・・・あなた・・・」


「・・・・・・・・・は・・・?」

 

仕事から帰宅したアスランへの第一声は、生まれて初めて口にした言葉。
それをアスランは情けない言葉で返す。
呆けてるアスランに向かってカガリは、もう1度勇気を振り絞って言った。

「だ、だから・・・・おかえりなさい・・・ませ・・・あなた・・・」
「・・・・・・・え?」
「お、おかえりなさ・・ま・・・せ・・・あなた・・・っ」
「・・・・・・・・・・・・・え?」
「お!かえりなさい!ませ!・・・あなたっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

傍から見ればなんとも馬鹿げた会話を、2人は真剣に続ける。
あまりにもアスランが理解してくれないから、とうとうカガリはいつもの大声を張り上げて彼に言った。

「・・・・・・・もう!バカっ」

おかえりのキスも終わらせていないアスランを放って、カガリはキッチンへと姿を消した。
アスランは慌てて靴を脱ぎ、カガリの後を追いかける。

様子のおかしいカガリ。
昨日の晩、無理させてしまったことを怒ってしまっているのかもしれない。

「ま、まずかったか・・・・」

どれだけ後悔しても時間は元に戻るはずもなく、実は今日も頑張りたいですなんて伝えれば彼女の機嫌はどん底まで落ちてしまうだろう。
本当は、扉を開けた瞬間カガリが飛びついてきてくれて、それを優しく受けとめて、
おかえりの言葉とともにキスをして、赤く染まった彼女の左の耳に今晩の決意表明をするつもりだったのだが、
扉を開けた時から普段とは違ったカガリで、アスランの甘い予定は根本から全て覆されてしまった。

 


そして、そのカガリは、いつもの調子でいつもの台詞を言ってしまってキッチンで反省しているところだ。
あれほどあの番組の言う通り、従順な妻になるつもりが、どうしてもうまくいかない。
やはり自分は可愛くない妻なのだ。
なんだか悔しい。こんなに好きなのに、可愛い妻でありたいのに、自分の生意気な性格がそれを邪魔する。
もともと苦手なのだ、こういうことは。
だからどうしていいかわからず、カガリの目には自分でも気付かないうちに涙で濡れ始めていた。

 

「こら・・・・・どうして泣いてるんだ?」
「・・・!な、泣いてなんてないっ」

キッチンへ来た彼に言われて気付いた瞳から零れる涙を、勢いよく片腕で拭った。
それさえも今言った言葉とあわせて可愛くないところを増やしているだけのような気がして、拭ったはずの涙がまた溢れてくる。
なんて馬鹿げたことで泣いてるのだろうか。泣き虫なところでだけ女を強調させてるなんてかっこ悪い。

可愛い言葉を贈りたいだなんて、いつもなら気にならないことなのだ。
本当に自分はどうかしてしまっている。
どうにもできないほどに彼を愛してしまっている。

「バカ・・・・!見るなよ・・・っ」

カガリの顔を覗き込もうとしたアスランの腕をはねのけて、
またしても可愛らしくないことを言えば、後悔は胸を襲うばかり。

 

「カガリ・・・・・・・」

 

それなのに彼はこんな時も何一つかわらない愛しさをこちらに向けてくれている。
少しだけ素直になれそうな気がして、カガリは止まらない涙を拭いながら言った。

 

「おまえ、言いたい・・こと・・・っ・・・言えよぉ・・・!」

 

カガリから突然言われた言葉にさすがのアスランもその意味をすぐには理解できなかった。
けれど、泣きつづけるカガリを見て、何かを決意したかのように切り出す。

「じゃ、言うぞ」

カガリの肩をそっと掴んだアスランが、あまりにも真剣な瞳をしていたから、
カガリはきっと今までたまりにたまった自分への叱咤の言葉だろうと、覚悟を決めて向き直る。

これで彼がすっきりするのなら、1度全てを受けとめるのも妻の役目だと言い聞かせて。

 

アスランが、空気を吸いこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「君だけを愛してる」

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の声で響いた言葉は、この世で1番甘い言葉。

 

「泣いた顔よりも笑った顔のほうが可愛い」

 

変わらず真剣な眼差しで自分を見つめていて、掴まれている肩までもが甘く感じる。

 

「あ、でも泣いてるのも可愛くて…!」

 

いや、それもそうなんだが、と必死で言葉を続けるアスラン。
カガリは突然の告白で、状況を理解できないままアスランの言葉を聞きつづける。
1つだけわかるのは、この台詞がどれだけ甘いかということと、可愛らしい彼の姿。

 

「で、でも!笑ってほしい!やっぱり!」

 

肩を掴んでいた手を離し、あたふたとその手を動かしながら説明するかのように喋るアスラン。
どうやら無意識のようだが、懸命に言う彼は本当になんとも可愛らしい。

そして何より・・・・・

「おまえ・・・・・・・・・・顔、赤いぞ?」
「えぇ!?」

情けない声を出したアスランに、カガリはとうとう笑いを堪え切れずいつものように声をあげて笑い出す。
しばらくバツの悪そうな顔をしていたアスランも、響くカガリの笑い声に自然と笑顔になっていった。
そして、彼女の機嫌がどん底にまで落ちなかったことに深く安堵した。

「あぁ・・・よかった」
「・・・え?」
「あんな敬語・・・昨日無理させたから、本気で怒らせちゃったのかと思って」
「ばかっ。・・・違うぞ」
「じゃ、どうしたんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・」

急に黙り込んだカガリの表情を覗きこむ。
今度はその行動を振り払われることもなく彼女の可愛い顔を確認することができた。

「カーガーリ?」

ぷっくり膨れてる彼女の頬にキスをしたくなったが、その前に、と、促すようにできるだけ優しくその名前を呼ぶ。
膨れていた頬が赤くなりはじめて、カガリは視線をそらしながらぶっきらぼうに言った。

「私、可愛くなろうって決めただけっ」

またしても可愛らしくない返答のしかたに、先ほど反省したばかりのカガリはまた後悔してしまう。
けれど、意地っぱりな性格が災いしてか、視線を彼に合わすことができないまま、2人の間に沈黙だけが流れる。

ほんの数秒ほど、その沈黙は続いたけれど、
アスランがキスをしたくてたまらなかったその頬に口付けした瞬間、それは終わった。

「・・・・・・・!」
「可愛いよ?これ以上は俺の心臓がもたないからな」

キスされた頬を抑えたままアスランのほうへやっと視線を合わせると、とろけるような視線を返してくれている。

「カガリは泣き虫でじゃじゃ馬で、すごく気が強くて・・・」
「こ、こら!」

彼が言い始めた自分自身の評価に、落ちこむことなくいつものカガリに戻って
カガリは軽く拳をふりあげて、柔らかくアスランの腕を叩いた。
アスランが微笑み返して、そのまま言葉を続ける。

「・・・・・・瞳が綺麗で優しくて、思いやりがあってあたたかい・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「カガリはそのままでいい。ずっと可愛い。世界一可愛い」
「も、もう・・・っ」

視線を合わせたままなのが恥ずかしくてたまらない。
けれどその甘い、彼の全てから逃れられるはずもなくて・・・・
ありがとうの一言さえも言えないけれど、微笑んだままのアスランはわかっているみたいだった。


今どれだけ自分が嬉しくて幸せで、どうしようもないほど彼を愛しく感じてるということを。

だから、アスランは今度は彼女の右の頬にキスをして言う。

 

「でも、さっき言ってくれた、言いたいこと言えってやつ・・・もう1度使うぞ?」
「・・・ん?」
「俺の欲しいもの、・・・わかる?」

 

絡みあうような視線に、さらにとろけるほどの甘さが加えられる。
それは反則だと、言いたいくらいに。

 

「・・・・・・・わかんなーい」
おどけてカガリが返す言葉に、アスランは瞳を閉じて額をくっつけてくる。


 

「・・・・・・これがヒント。・・・まだ、わからない?」
「・・・・・・・・・・・・・・わかんない・・ぞ・・・」


 

囁くように言葉を返したカガリの唇へ、唇を近づけていく。
けれど触れることはなく、アスランはその動きを止めた。
互いの息がかかりあうほどの距離。吐息で心臓の響く音さえ聞こえるかもしれない。

アスランがカガリのことをわかっているのと愛してるのと同じくらい、
カガリも彼を愛しているし、言葉がなくてもアスランが何が欲しいのかなんてもうわかっている。

 

アスランが動く事はないまま、カガリが動きその唇を彼の唇とへと重ねあわせた。

 

「・・・・・ん」
ちゅっと、小さな音をたてながら唇を離すと、カガリがにこりと笑う。
続けてアスランもまるで鏡に映った自分かのように微笑み返してくれる。

もう1度カガリはかかとをあげて、彼の唇へ自分の唇で触れてみた。
カガリからの小さなキスを何度も繰り返して、今度はかがんでくれている彼のほんのり赤い耳元で囁いてみる。

 

 

 

「・・・・・ダイスキだ・・・今日も・・・・・・しような?」

 

 

 

あなたなんて、言葉も、丁寧な言葉遣いも、何もかも自分には似合わないけれど、
彼の前だと世界で1番可愛い妻でいられるのかもしれない。

だからこのままでいよう。

 

 

真っ赤になったアスランを見て、カガリは幸せな気持ちのままそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

END

 

久しぶり新婚さん!やっぱり楽しくて仕方がないです〜!
学園部屋のアスランがちょうど恋愛運下降してしまったんで、それを補える甘さを目指しました。
この2人、結婚してるのに変わらず初々しくて、望月の趣味丸わかりですね(笑)。
カガリの愛を強調してしまうしね・・・。アスランがカガリバカなら、カガリはアスランバカ。
バカップル万歳!2人とも真っ白万歳!アスカガ万歳!(笑)
・・・そしてうちの新婚さんは、喧嘩して仲直りって設定ばかり・・・。これも趣味なのか・・・?


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