おかえり

 

 

 

 

 

 

 

 


仕事が終わったら、愛車を走らせて愛する妻のもとへ帰る。

たとえ同僚に付き合いが悪いと言われようと、上司にいささか怪訝な眼を向けられようと、
1番アスランが楽しみで幸せなカガリとの時間を削るつもりはない。
歌が苦手なはずなのに、「ただいま」と言ったら「おかえり」と答えてくれるカガリのことを想ったら、
運転しながら自然に鼻歌を歌っていた。

いつも通る道は混雑しておらず、いつもより早めに家に着くことができた。
車から降りると、玄関へ。
家の鍵を持ってはいるものの、チャイムを鳴らすとインターホン越しにカガリの声が聞こえてきて、
玄関前にいるのがアスランだとわかるととても弾んだ声にかわる。
そんなカガリを見るのが大好きだから、自分の鍵は使わないのだ。

だから今日も、いつもと変わらずにインターホンを1度押した。

 

 


ピンポーン

 

 

 

ところが、カガリの声が聞こえてこない。
おかしいと思いつつもう1度鳴らしてみた。

 

 

ピンポーン

 

 

 

・・・・・・・やっぱりカガリの声が聞こえてこない。

 

 

買い物にでるには遅い時間だが、出かけてるのかもしれない。
仕方なくアスランは家の鍵を取り出す。これを使うのはどれくらいぶりだろうか?

最後に使った日が思い出せない鍵を使って扉を開けた。

 

玄関の明かりは消えていて、それほど暗くない時間ではあるが、
なんだか暗闇のように感じてしまう。
開けた扉もいつもよりも重く感じた。

「カガリー?」

開けた扉を後ろ手で閉めると、家の中に向かって声をかける。
もちろん返事はない。

やっぱりどこかへ出かけてるのかもしれない。
2、30分もすれば帰ってくるだろう。

ただいまのキスができなくて残念だが、それならば今日は、おかえりのキスだ。

それはそれで楽しいかもしれない。
いつも待っていてくれるカガリの気分も味わえて一石二鳥だし。

 

ネクタイを緩めてリビングへ。
テーブルの上に、カガリの携帯が置いてあるのが目に入った。
持ち忘れて出ていってしまったのだろう。

「まったく。慌て者だな・・・・」

カガリが聞いたら、たまたまだ!と怒るかもしれない。
そんな姿を思い出して1人で笑ってしまった。
なんだか危ない人間だ。

 

 

 

カガリの携帯が置いてあるテーブル近くのソファーに脱いだ背広を投げかけた。

そこで気付く。

皺になるからちゃんとしろ、と言うカガリの言葉を思い出したのだ。
これではいけない。
できればカガリの負担を減らす、立派な夫となりたい。
アスランはソファーに置いた自分の背広を拾い上げると、寝室のクローゼットへと持っていく。
いつもカガリが喜んでしてくれることを自分でするのは、少しだけ楽しみが減ってしまうということだが、
1人の今、カガリにやってもらいたいなんて我侭を言っている場合ではない。

そのまま部屋で軽い服装に着替えると、することがなくなってしまった。
ここにカガリがいれば、今日カガリの身の回りにあったたくさんの話を聞く時間になるはずだ。
でも、今はカガリがいない。

 

うろちょろ部屋の中を歩いてみて、リビングに行ったり、キッチンに行ったり・・・
冷蔵庫を覗いてみれば、買いだしを終えていたのか昨日はなかった食材たちが
冷蔵庫の中を陣取っている。

ということは、買い物で外に行っているわけではないはず。
それとも、何か買い忘れたものでもあったのだろうか。
それならば、電話の一本でもくれれば喜んでお使いをして帰ってきたのに・・・。
冷蔵庫を開けっぱなしで物思いにふけっていると、今度は
「電気代がムダだから、むやみやたらに冷蔵庫は開けない」
というカガリの言葉を思い出す。
慌てて、扉を閉めた。

 

一息ついて先ほど背広を投げかけたソファーに、今度は自分が腰を降ろす。
しばらくの間、することも思い付かず、そのままぼうっとしていた。

 

「あと・・・・・20分くらいかな・・・?」

 

カガリが帰ってくるまで。

別にカガリがこの時間に帰ってくると言ったわけではないのだが、
これはきっと自分の願望だろう。
カガリが20分以上いないことに耐えられそうにないのだ。

 

何をするでもなく、ソファーにもたれかかって脱力したように天井を見上げていたが、
なんだか1人で馬鹿みたいで、なによりも行動していないと落ちつきそうもない。
立ち上がってまたキッチンへと向かった。
キッチンに来たはいいが、一体自分はここに何をしにきたのかがわからない。
とりあえず目に付いたコーヒーメーカーに手をかける。
結婚するよりずっと以前に購入したこのコーヒーメーカーは、結婚した後も実に重宝している。
値段が高かっただけあって、すぐに美味しいコーヒーが淹れられる当時の最新コーヒーメーカーだ。
電源を入れて生豆を投入した。

その間に、砂糖とミルクを棚から取り持ち出す。
コーヒーカップといっしょにテーブルに置いたところで気付く。

 

「あ・・・・俺、砂糖いらない・・・」

 

アスランが好きで飲むのはブラックだし、砂糖もミルクも、カガリ専用だ。
いつもこの時間は1人じゃないから、コーヒーを用意する時にはカガリの分も用意してしまう。
カガリはコーヒーより紅茶派だ。
けれど、アスランがコーヒーを飲む時は、砂糖とミルクを入れたコーヒーをいっしょに飲んでくれる。
カガリが紅茶を飲む時は、アスランも紅茶を口にした。
だからなのだろうか?
1人で飲むはずだったのに、お揃いのカップを2つ用意してしまっていた。

 

「・・・・・・・・俺だけでいいのに・・・」

 

 

コーヒーメーカーが、豆の焙煎を終え、独特のいい香りがしてくる。
水を入れたらコーヒーメーカーはドリップを始めたが、何故だか飲む気はなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもは気にならない時計の針が動く音が、いやに耳障りだ。
こんな音は、カガリの明るい声でかき消されていたい。
その時計を見上げれば、時刻はあと数分で19時になろうとしていた。

20分、たったのだろうか?
最早、時間の感覚さえなくなってしまっている。
たとえ5分しかたってなかったとしても、その5分はまるで1時間に感じられた。

 

もう、これ以上は耐えられそうにもない、とアスランがソファーに寝転がった時、

 

「ただいまぁっ」

 

玄関のドアが豪快に開く音とともに元気がいい声が、部屋に響いた。
アスランは寝転がった体勢から慌てて立ちあがる。
おかえり、のキスをするのだ。

足を滑らせそうになりながら、玄関先へと早足で駆けて行く。
玄関に着くと、靴を脱いでいるカガリが居た。

 

「ごめんな、アスラン。ラクスと出かけてたんだけど遅くなっちゃって・・・」

 

よく見れば、頬は紅潮していた。
喋る合間に息を小刻みにはきだして、その様子から少し走ってきたことが覗える。

 

「急いで帰ってきたんだけど・・・・・やっぱりおまえのほうが早かった・・・」

 

息を切らしている彼女が、靴を脱ぎ終えた。
その光景をただ、黙って見ていた。

 

 

 

 

別に、たかが数十分会えなかっただけのことだ。

 

結婚する前には、何日も会えない日だってあったのだ。
今更、これだけのこと、何が寂しかったと言うのだろうか。

 

 

「アスラン・・・・?」

 

 

見上げるように自分の瞳を覗きこんでくる彼女。

 

 

 

会いたかった。

 

 

 

寂しくて、寂しくて、ただ会いたかった。
だから、おかえりの言葉を伝える前に、自然にアスランの腕が彼女へと伸びた。

 

 

「アスラ・・・・・ん・・・っ」

 

 

自分のもとへと引き寄せる。
ぎゅっと抱きしめると同時にキスをした。
おかえりのキスを優しくするつもりだったのに、
もう、これがおかえりのキスなのかもわからない。

 

合わせた口から舌を差しこんで、抱きしめる腕と、唇と舌で彼女の全身を感じる。
吐息が熱い。
苦しそうに唇を合わせながらも、カガリはアスランを拒まない。
おずおずと舌を絡めてきてくれる。
まだ慣れていないその行為を、必死に贈り返そうとしている。

どれくらい、キスに溺れていたのだろうか。

やっとアスランが唇を離すと、激しく浅く呼吸を繰り返すカガリ。

 

「はぁ・・・・・・い、いきなり・・・だな・・・」
「ごめん・・・・」
「あ、いや・・・いいけど・・・・」

一体どうしたんだとカガリが視線だけで聞いてきた。
目の前にいるのはいつものアスランなのに、どこかいつもと違うアスランだ。
じっとカガリに見られて、アスランは観念したかのように告白した。

 

 

「・・・・・・・・カガリが居なくて、寂しかった・・・」

 

 

しょげながら呟いた彼。

カガリは少しだけ笑った。
でもそれは、決して馬鹿にした笑いじゃなくて、愛しい者へ愛をこめた微笑。

 

「・・・・・・・・甘えん坊め・・・」

 

そう言うと、アスランの手を引っ張って部屋の中に入っていく。
その小さな手に引っ張られてるアスランには笑顔が戻っていく。
2人いっしょにリビングに着けば、カガリはテーブルの上のコーヒーメーカーを見つけた。

「あ!コーヒー作ったんだ?」
「あ、あぁ・・・・」
「私も飲んでいいか?」
「もちろん。・・・でもちょっとぬるいかもしれないぞ?」
「いいよ、走ってきたから熱いのは勘弁」
「じゃ、俺が淹れてあげるな」

 

まだ顔の紅いカガリのために、カップにコーヒーを注ぐ。もちろん、砂糖とミルクも入れて。
カガリの好きな味を作り出すと、そのカップを手渡した。
それを受け取ると、美味しそうに飲むカガリ。

 

2人並んでソファーに座る。

そして、アスランの大好きな、幸せの時間が始まった。

 

 

「言うの遅くなったけど・・・・おかえり」

「うん!ただいま、アスラン!」

 

答えてくれたカガリに、今度は優しいキスを落として。

 

 

 

 

耳障りな時計の針の音は、気付けば彼女の愛しい音色でかき消されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END

一人ぼっちが寂しい夫アスラン。
何か行動するたびに妻カガリを思い出す夫アスラン。
妻カガリが居ないとダメダメな夫アスラン(笑)。
・・・・・・この日の夜は実に甘かったに違いない(爆)。

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