第5話:走り始めた気持ち

 

 

 

 

 


 

「マーナ!!変じゃないか!?」

私はキラが贈ってくれたワンピースに袖を通したあと、マーナの前でその姿を披露して、
1番信頼している彼女の意見を聞いてみた。
どこか変なところがあったら、しょうがないけどいつものジーパンに変更だ!

「とってもよくお似合いですよ!」
「そ、そうか…!」

よかった…!マーナに似合わないって言われたら、正直立ち直れなかったかもしれない。
ずっと自分を見てきてくれた人だから、マーナの意見は重要で、なおかつ確実だ。
だから似合うって言われると、それがお世辞じゃなくて本当なんだって安心する。

私が嬉しさで顔を綻ばせていると、なぜかマーナが目頭を抑えている。

「ど、どうした…?」
恐る恐る尋ねてみると、マーナが感極まったのか両手で顔を隠してこう言った。
「お嬢様が…!あの、お嬢様が!こんなに可愛い格好をしてくださるなんて…ッ!!」
「えっと…マーナ…?あの…」
「マーナは嬉しゅうございます…っ!あの、あの、あーのーお嬢様がぁ!」
本気でわんわん泣き出しそうなマーナの背中を摩りながら、私は困り果てた。
私って、そんなに女らしくなかったのか…?それもちょっとショックだぞ…。

落ちつきを取り戻したマーナが顔をあげて私を見た。
本当に少し泣いている。
………マーナのためにも、これからは少しくらいはおしゃれしようと心に決めた。

「・……ところでお嬢様…」
「ん?なんだ?」

マーナが泣いて赤くなった目をこすりながら声をかけてくる。

「待ち合わせは…7時でしたわよね?」
「あぁ、そうだが」
「・………今、6時半ですが…間に合いますか?」
「………………」

マーナに言われて時計を確認した。
6時20分には家を出るつもりだったのに、今、その予定時刻を12分ほどオーバーしている。

「…………!!や、や、やばい……ッッ!!マーナ行って来る!」

私は慌てて鞄を掴んで駆け出した。
走り去る私の背後から、マーナ独特ののんびりとした「いってらっしゃいませ〜」が聞こえ、
少し脱力しそうになったが、気を取りなおして・・・
とにかく猛ダッシュ!急がなくては!!
スニーカーを履きたくて仕方なかったけれど、
このワンピースに似合うサンダルをマーナが用意してくれていて、私はそれを履いて家を出た。
駅まで走ればなんとか間に合うかなと思ったけれど、いつもスニーカーだったから、
サンダルじゃうまく走れずに、駅に辿りついた時点で遅刻は確実となってしまった。

 

 


電車にのって、4駅目の待ち合わせ場所の近くの駅で降りた。
携帯で時刻を確認したら、7時5分。
親しくもない間柄でわずかな時間とはいえいきなり遅刻だなんて…
不快な気分にさせてしまったかもしれない…。
ドキドキしながら待ち合わせ場所へ向かった。

 

そして、彼と約束していた場所に…アスランは居た。

 

私のドキドキは、もうこれ以上ないってくらい。緊張してたんだ。

 

すぐにでも彼に声をかけなくちゃいけなかったのに、軽く走ったから髪型が気になった。
走ったから、少し乱れたかもしれない。
でも鞄の中には手鏡なんて入ってない。あぁもう、ほんとうに女らしくないな、私って。
私は手櫛で自分の髪を整えた。
それと息も整えて、頑張れ、と言い聞かせて彼のそばに行く。

 

アスランだ。アスランがいるんだ!

 

「ごめん!遅れてしまった!」

彼が私に声をかける前に、私が先にお詫びの言葉を伝える。

「いえいえ、全然へいき・・あsだ・!」

私の大声に、びっくりしたのかアスランの声がひっくりかえっていた。
そして顔が赤い。なんでだろう?
私が笑い出すと、アスランも微笑んで、頭を下げた。
「こんばんは、お久しぶりです」
ふんわりと、柔らかく笑うアスラン。

どきりとした。
その笑顔が本当に綺麗で…胸が鳴り出す。
ドキドキしてて苦しいよ。

それに気づかれるのが恥ずかしい気がして…私は彼の背中を思い切り叩きながらこう言った。

「こ、こっちこそ久しぶり!あれから少しは鍛えたか?」

あぁ!もう!なんて可愛くないんだ!!
アスランも笑ってるじゃないか!もう!私のバカ!

この変な雰囲気を消したくて、私は
「さっそく店に行こうか!」
と提案してみる。…だってこのままここに居たら…また変なこと言っちゃうかもしれないし…。
せっかく友達になろうとしてるのに、変なことばかり言うと呆れられるだろう?
店に行こうっていう私の言葉にアスランは優しく頷いてくれた。また胸が鳴った。

 


アスランが歩き出す。
私もそれにあわせてついていく。
・・……けど、いつもの靴じゃないから歩きにくくって…。
油断すればアスランは私の3歩先くらい前に行く。
「む」
負けず嫌いの私は、つい軽く走りだしてしまった。
今度はアスランがそれに合わせてくれる。
走り方が綺麗で、なかなかの筋だ。いいマラソン選手になれそうだな。
「おまえは鍛えがいがあるなー」
冗談っぽくそう言うと、アスランが真っ赤になった。
なんだかちょっと苛めてる気分だ。ふふ、ごめんな。

 

走ってるアスランの横顔をちらっと見た。
まだ少し赤いままで、今日もとても綺麗な顔。
でも今日は少しだけ何かが違う。
「あれ?雰囲気変わったか?」
「はい…自分なりに頑張りました…ッ」
そういえば、おめかしするって言ってたもんな。うん、似合ってる。かっこいい。


・…私は…どうなんだろう?
可愛い……かな?


すごく聞きたかったけど、やっぱりこれも恥ずかしくって、私は自分の思いは忘れるように
「うん!いい感じだぞ!」
とだけアスランに伝えた。
アスランが、また赤くなった。

 

 


少し道が混雑している。
「今日は人が多いですね…」
「週末だからなー」
はぐれないように私はアスランの様子を覗うと、
アスランは何度も私のほうをちらちらと見ていた。
なんだかこいつ、迷いそうだな。
「大丈夫だぞ!」
と、笑って言ってあげる。
「あ・・そうですか・・・?」
少し安心したのか、ほっとした表情を見せた。
それがすごく嬉しくなってしまった私。

「あぁ、おまえ、見張っててやるから」

そう言って、私は嬉しさのあまりアスランの手を掴んでしまった。
勝手にこの手が動いてしまったのだ。
アスランの手に、触れてしまって…。

初めて触れた男の人の手は、私と全然ちがった。でもあったかく…

 

「…っ」

 

アスランが身体を震わせた。
その震える声に私は慌てて、掴んでいた手を離す。

「あ、わ悪い!」
「い、いえ…っ!」

しまった。また変なことしちゃった……。
アスラン、怒ってるかも…ごめんな。

「あ、いや・・・すみませんっ!大丈夫だから・・・!」
「いや、急に掴んですまなかった…」

優しいアスランは私を気遣ってくれる。
……気をつけよう。

 

 

 

 

 


アスランが選んでくれた店は、落ちついた雰囲気の素敵なところだった。
予約時間より少しだけ早めに着いたけれど、お店の中に通される。
2人で向かい合わせで席につくと、アスランがさっとメニュー表をこちらに向けて広げてくれた。
1つしかなかったメニュー表を私に見やすいようにしてくれたのだ。
・………優しいな。
「何かおすすめあるか?」
私はそのメニュー表をアスランのほうへ見せて尋ねてみた。
アスランが微笑んで、美味しいというものを選んでくれる。
飲み物とファーストオーダーを聞きに店員さんがやってきて、アスランが選んでくれたメニューを伝えた。

 

飲み物だけが先にでてきて、そのあと料理がくるまで2人で2人のことを話し合う。
「外で遊ぶのはあんまり好きじゃないのか?インドア派か?」とか、
「たまには思い切り日の光あびないとな?」とか、
「家にいるときは何してる?」とか・・・
アスランのこと、いっぱい知りたくて、私ばかりが彼に質問してしまっていた。

アスランはずっと穏やかな笑顔で、一つ一つ丁寧に答えを返してくれる。
それが嬉しくて、私はまたアスランに質問してみせた。

 

そんなことを話してるうちに最初に注文したものが運ばれてくる。
メニュー表にのってた料理名じゃわからなかったけれど、
出てきたものは……
「ケバブ!これ、私の大好物なんだ!嬉しい!」
そう、ケバブだった。
アスランってば、私が辛いもの好きだって伝えていたから、
ちゃんとチリソースのケバブを頼んでくれていた…!

嬉しい、嬉しい、嬉しい…!!
大好きなものだから嬉しいのもあったけれど、それだけじゃない。
アスランがちゃんと、私の言ったことを覚えていてくれて、そのためにここを選んでくれて…
それがすごくすごく嬉しかったんだ!

ケバブだけじゃない、その他の料理ぜーんぶが美味しくて…!
私、ずっと笑顔だったに違いない。
アスランもずっと笑っていてくれた。それがとても幸せだった。

 

食事を終えると、
「おまえはよくこういう店にくるのか?」って尋ねてみた。
「えっと…実はこういう店に興味を持つようになったのって、あなたと知り合ってからなんですよ…っ」
「ふーん。そうなんだぁ…」
アスラン、やっぱり私のためにこの店探してくれたのかな?
以前からお気に入りの店を紹介してくれたのか…
う〜ん………
「ま、どうでもいいか」
それはどっちでも、いいや。


今、アスランといっしょにいることだけで…それだけでいいんだ。

 

「私さ、美味しいものに目がないんだ!」
「そうなんですか?」
「うん!…よく弟といっしょにお店探していってるんだけど…」
「…けど?」
「最近彼女出来たらしくってさ……。ちょっと誘いにくくなっちゃって」

キラのことを思い出す。
彼女にはまだ会ったことないけれど、すごく可愛い子らしい。
今まではキラも私のためだけに時間を使っていてくれたけれど、それじゃなんだか悪い。
弟離れにもってこいの時期だと思って、私もキラには彼女を優先するようにしっかりと言ってある。
それが寂しくないと言えば嘘になるけど…

「今回は久しぶりに夜に外食したし…何より楽しかった!」

本当に楽しいんだ。キラとは違う楽しさがある。

「ありがとう!アスランッ」

私たち、友達になれたのかな…?

 

 

 

 


店内が混んできたので、私たちは店を出ることにする。
約束通り割り勘だった。
でもアスランがさり気なくちょっとだけ多めにだしてくれた。
今回は素直に甘えてみた。

……今回は、って…次があるかもわからないのに、な…

 

なんだか、寂しい気持ちになってしまった。
駅までの道のり、私は何か話さなくちゃいけないって思って、どうでもいいことを話してしまう。
「世の男たちはもう少し鍛えないといけないよなぁ」
あぁ!もう!
本当にどうでもいいよ、そんなこと!
アスランも言葉を返してくれない。
何て言っていいのかわからないんだろう。

なぜか、初めての出会いを思い出す。
綺麗な瞳を揺らして、震えるようなアスラン。
大丈夫。怖くなんてないから。
ぜったい、私が……

「でも・・・その・・・私が守ってやるけどな!」

唐突だったかもしれない。
それでも頷いてほしかった。
また、会おうって意味を、ほんの少しだけこめた。

でもやっぱりアスランは何も言ってくれないままだった。
その後は無言のまま、ときおりアスランが時間は大丈夫かと気にしてくれて…
2人いっしょに駅まで歩いていった。

 

 

 

電車に乗りこんだ後も、あんまり会話はなかった。
ただ、時間だけが過ぎていくのがわかって……
私は怖かった。

 

私たち、もう、友達か?って聞きたいのに聞けないんだ。

 

友達だったら、また会える。
美味しい店を見つけたんだ、行きたいところがあるんだ…
理由なんて適当に作って、いつだって会えるようになる。

でも聞けない。
だってアスランは優しいから。
私が友達かって聞いたら、絶対うんって答える。
きっと、まだ気にしてる。
私が電車で助けたこと、ペンダントを送ったこと・・…
本当は…本当は今日の夕食だって気を使ってくれただけかもしれない。

 

車内のアナウンスが流れる。
私の目的地にもうすぐ着くことを知らせた。

終わりがやってくる。

「…じゃ、私は次で降りるな」

声が震えたかもしれない。
涙があふれそうになったのを気付かれないように無理やり笑顔を作った。

「今日は本当にありがとうございました」
「私のほうこそ!…楽しかったぞ!」

アスランがまた小さく頭を下げる。
私は、さっき作った笑顔を彼に向けてなるべく明るく言った。

電車がスピードを落として…そのままゆっくりと停車する。

 

お願い。扉なんて開かないで。
このまま開かないままで、アスランともっと話をさせて。
どれだけそう強く思ったんだろう。
頭の中がぐらぐらして、今にも泣き出しそうで・・・


でも願いは叶わなかった。
……当たり前だよな。

音をたてて開いた電車の扉。

 

「…それじゃあな、おやすみ…っ」

最後の強がりを振り絞って私はホームへ降り立った。
振りかえって、手をふる。
泣いたら、きっと心配させてしまう。
だから泣いちゃダメなんだ!

扉がまた音をたてて、今度は閉じられようとした。
さよなら、アスラン……。
私の瞳から涙が…我慢できずに涙が零れそうになった時、

 

ただ、じっと私を真っ直ぐに見ていたアスランが、声をあげた―――

 

 

 

 

 

 


「・・・俺・・・っ・・・また電話する・・・っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


アスランが叫んだそのすぐ後に、扉は完全に閉まりガタンと、電車が音を立てて走り出す。
ゆっくりと動き出した電車。
扉の向こうの彼が、まだ、じっと私を見詰めている。
見つめていてくれていたんだ。

たったそれだけだったのに、やっぱりそんな小さなことが嬉しくて…


「……うん!」


彼に聞こえないのだろうけど、私は、微笑んでそう言った。

 

また電話してくれると、たったそれだけのことが嬉しくて、
電車が走り去った後、私の瞳からは我慢できなかった涙が嬉しさのせいで零れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「ただいま!!」
「おかえりなさいませ〜。今日はどうでした?」
「ごめん!マーナ、また明日、な!?」

マーナの声を悪いと思いつつ素通りして、2階の自分の部屋へ。
きっと明日になればマーナに今日のことをたくさん聞かれちゃうんだ。
でも今はまだ、私だけの秘密にさせてほしい。
自分の部屋のドアをあけて、そのままベッドに飛びこんだ。
スプリングがきしんで、私の身体を受け止めてくれる。

 

心臓はもう爆発寸前だ。
ドキドキドキドキして…
私は鞄から携帯電話を取り出した。
アスラン・ザラの登録画面を映し出してそれをただ眺めた。

 


・・・俺・・・っ・・・また電話する・・・っ!!

 


アスランのあの声が今も響いている。
私は携帯を抱きしめた。

「……うん。…電話、待ってるな…」

彼の声はきっと、この心臓の音と同じくらいに響いているんだ。

 

もう、止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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