初めて触れたアスランの唇は想像していた以上に柔らかくて、大好きなアイスクリームのように溶けてしまうと思った。
prologue U -Cagalli-
10月29日のその日を私はぜったい絶対ぜーーーったい忘れることはない!
大好きなアスランの誕生日。それだけじゃない大切な日。
それでもいつもと変わらない帰り道だった。
いつもの道と街灯は家につくまでの道のりを照らして、見上げるたびの夜の蒼さはアスランの髪色で私の胸は踊る。
優しく少し大きな手は私の手をしっかり握り締めてくれていてそこからきっと心臓の音が伝わっていたはず。
2人で同じように白い呼吸を繰り返し時折空を見上げ星を数え歩いた。
帰りたくないけどそんなワガママを言えるはずがないから、
自然にいつもよりも歩くスピードが遅くなっていてアスランはそれに合わせた歩幅で歩いてくれる。
おしゃべりな私が無口になって、無口なアスランがお喋りになっていて、
時々視線が重なると恥ずかしくて逸らしてしまうのに、この手だけは変わらずに握り締められていた。
恋人同士になったら何かが変わって何もできなくなると思ったのに、変わらないアスランの手のひらの温もり。それが嬉しかった。
今日初めて特別な幼馴染を飛び越えて、本当に特別の場所を手に入れたんだ。
「それじゃ・・・また」
家の前まで贈ってくれたアスランが先に口を開く。
寒い中いつまでも喋ってるわけにもいかないし、アスランだって家に帰っておばさんたちの祝福を受けなくちゃいけないんだ。
いつまでも私が彼を1人占めしていいわけじゃない。
・・・ほんのちょっとそうしたいと思った気持ちを飲み込んで、私はアスランに笑顔を向ける。
玄関先でのさよなら、また明日、の言葉もいつもの私たちで・・・
だから離れていった手もひんやりと外気にさらされても寂しくはなかった。
ひとつだけ不満を言っていいなら、別れ際に『何か』を期待した私は肩透かしをくらったくらいで。
それなのに、駆け出したアスランのその背中が見えなくなるまで見送り一人になると、
鮮明に蘇る、あの一瞬に、心臓が潰れそうなくらいドキドキして手が熱くて痺れてきた。
これでここでもその『何か』があったら、嬉しすぎて倒れてしまっていたはずだから、なんにもなくてよかったのかもしれない。
熱くなったその手で家の扉を開け靴を脱いでると、マーナが姿を表した。
「おかえりなさいませお嬢様」
「た、ただいま・・・っ」
いつもなら、ただいま、の後は今日一日あったことをうるさいくらいにお喋りし始めるのに・・・
今日はダメだった。そんなこと、今、絶対できない。
今は余裕なんて全然なくって、階段を駆け上がり、自分の部屋に飛び込んで鍵までかける。
きっとマーナに変に思われちゃったかもしれない。
嘘をついてるわけでも何でもないのに、彼女と目も合わせられないなんてなぜだかちょっと悪いことをしてる気分だ。
だってこれは言えない。まだ2人だけの秘密にしておきたい。
呼吸が荒くて心臓がドキドキしてるのは、部屋まで走るよう駆けあがっただけだからじゃない。
指定鞄をベッドへ投げ捨て、そしてわたしの身体もベッドへダイビングさせた。
枕に顔を埋めながらその枕を両手でぎゅっと握り締める。
そこで初めて、自分がいかにあの瞬間から極限の興奮状態にあったのかわかる。
「う〜・・・っ」
変な声をあげてベッドの上でじたばた手足を動かしていた。
事情を知らない人たちには滑稽な格好にしか映らないだろう。
でもそんなことを気にしてる暇もなく、私の口からは変な唸り声が自然に出てきてしまう。
身体も大人しくしていられないらしい。少しでも身体を休めると、頭の中はピンク色でいっぱいになる。ううん、違う。
もうすでに真っピンク一色だ!だってずっと頭の中でリフレインする映像。
冬の綺麗な夜空に咲いた花火なんかより、ずっと強く鮮明に残ってる、アスランの、顔。
びっくりするくらい柔らかかった、その、唇、
が、近づいて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ーーーっわーーーー!!!」
わ、わ、私・・・!アスランと・・・!!
アスランの綺麗な瞳が閉じられて、唇が近づいて、ほんの一瞬触れ合った熱。
さっきからずっと、アスランの手を離してからそれしか思い出せないやらしい自分。
「うわーー!うわぁぁ!!わ、私・・・!!わたしーーー!!!」
ぽかすかと自分の頭をたたいてみた。
少女マンガだとよくある光景を自分がやってるなんて、信じられない
「ど、どうすれば・・・!?こ、こーゆのってー・・・!!」
友達に自慢するのか?助言を求めるのか?朝まで経験を語り合うのか・・・!?
世の中の人ってどうしてるんだ・・・!?
「わ、わかんないよーーー!!」
だ、だって初めてだったんだぞ・・・!?アスランの事、ずっとずっと好きだったけど、
ずっとずっと好きだった分、どうしていいかわかんない。
たかがキスだって思われるかもしれないけど・・・でも私の長い片想い生活ではとんでもない一大事だったんだ・・・!
この気持ちをどう処置したらいいのかわかんない。
興奮しすぎて眠れない。顔が熱くて身体も熱くて頭ん中まで熱に侵され、これからずっと眠れなかったらどうしよう?
それはアスランのせいにしていいのか?
着替えもせずにベッドの上で寝転がったまま足をばたばたさせていた時、突如として携帯が鳴った。
「ひゃ・・・!」
あまりにも突然のことで素っ頓狂な声がでてしまう。
部屋には自分だけ、誰もいないのにそれが恥ずかしくて、軽く携帯にヤツ辺りしそうになった。
「あ、あ、アスラン・・・かな・・・?アスラン・・・かなっ」
うちに着いたらいつも必ず電話かメールをくれるアスランを思い出して、心拍数が一気に駆けあがった。
これ以上あがったら、私絶対意識失うーーー!!
あ、アスランだったらどうしよう・・・!?
ど、どんな顔すれば・・・!・・・あ、顔見えないよ、な・・・?じゃ、声・・・?どんな声・・・っっ
「えぇい!なんとかなるさっっっ」
フレイがこの光景を見ていればそういうところが私の男らしいところだと言われるんだろう。
ベッドの上にきちんと正座しなおして震える手で折りたたまれた携帯の画面を開くと・・・
「・・・・・・・・・・なんだ、キラか・・・」
画面にちかちか光る、『キラ・ヤマト』の文字。
残念がってしまったことを小さくごめんなと謝りつつも、はぁっと盛大なため息が自然に口から漏れてしまった。
だって、しょうがないだろうっ。今の私はアスランのことでいっぱいなんだから・・・。
アスランじゃなかったことが残念だったけど、
そういえばキラも、毎晩寝る前とか、帰って来た時とか、どちらかにメールか電話をしてくる・・・。
毎回必ず、大好きだよ、っていう告白つきである。我が弟ながらマメというか女の子には甘いというか・・・
鳴り続ける着信音が私を急かす。私はなんとか今にも爆発しそうなアスランへの想いを落ちつかせようとした。
今の気持ちが悟られないよう平静を装うのがこんなに難しいだなんて・・・
キラのことだからちょっとでもボロが出てしまえばすぐにばれてしまうはず。
高揚してる声を抑えようと咳払いで落ち着かせその電話を受けてみた。
『カガリー!僕だよ、僕!』
わかってるよ。
携帯におまえの名前が出るんだから、わざわざ言わなくたっていいのに、
毎回電話からの第一声はこれなんで、どうやらキラの口癖みたいなんだ。
今日はその声がやけに弾んでるなと思った。その理由はすぐにわかる。
『カガリ〜!!聞いてよ、ラクスと手、繋いだ!!』
まるで誉められた子供のように恥ずかしさなんて微塵も感じさせないテンションでキラは私に報告してきた。
「ふ、ふ〜ん、よ、よかったな!」
私とアスランはもっと凄い事したんだからな!なーんて言えるはずもなく・・・そっけない返事になってしまった。
いつもならきっとこういうこと言われたら身を乗り出してキラの話にのっていけるのにっ
それ以上のこと経験したばかりの私には、キラのこと随分上から見てしまうー!
私ってイヤなやつかもしれないーっ
・・・・でもキスってそんなスゴイ事じゃないかもしれないよなぁ・・・。
すごいことって言えば・・・
言えば・・・・・・・・・
「・・わーーーーーそれはまだダメぇーーーーーー!!!!!!!!!」
真ピンクがさらに赤みを増した。私の全身も赤く染まってる。
『なに・・・?カガリっ、耳いたいよっ』
「ご、ごごごっごめん・・・ッ!な、なんでもないからっ、え、映画見ててっ、驚くシーンでっ、で!」
「そうなんだぁ」
咄嗟に口から出てきたちっちゃな嘘。落ちついて考えればすごーくわざとらしかったのに、キラはすぐにそれを信じてくれたようだ。
キラももしかしたら今、頭ピンクなのかもしれない・・・。
『でもっ、僕との電話優先してよぉ!』
ぷっくり頬を膨らませただろうキラにまた心の中で謝りながら
私はなんとかして彼のご機嫌とりに勤しむ事にし、黙って彼の言葉に耳を傾けることにした。
どうやらキラはそんなことに気付く様子もなく、また嬉しそうに語りだす。瞳はきっと名前の如くキラキラしてることだろう。
『ラクスにちゃんと好きって伝えることもできたし、ほんと、今日はいい日だったなぁ』
しみじみそう語るキラがなんだか遠い昔を懐かしむおじいちゃんのように思えて私はぷっと噴出す。
そんな年でもないくせに、キラはときどき人生を達観してるというかどこか遠い場所を見つめてふっと語るくせがあるみたいで、
そんなキラを見るたび私はいつも同じようなくせがあるのか不思議に思うのである。
見た目や総合的なレベルはともかくとして(キラごめん!)ラクスとお似合いだろう。
おじいちゃんモードに入ったキラはこれまたしみじみと語り出した。
『やっぱり、好きってちゃんと伝えなきゃね〜』
余程ラクスに気持ちを伝える事ができて嬉しかったんだろう。
そういえばいつからラクスのこと好きなんだって問いただしてやろうって思ってたのに、そんなこともすっかり忘れてしまっていた。
でもそれは今では無粋なこと。
今はただ、キラの嬉しそうな声を聞きながら私も幸せいっぱいの気持ちに浸りたい。
「そうだよな、大事だよな」
うんうん頷きながら私は答え返してあげた。
好きって言葉はたった一言だけど、とても大きな魔力があると思うんだ。
人をとても幸せにして喜ばせ、時々不安にさせてでも嬉しくて、好きってとても大切な言葉だ。
素直じゃない私はどうもこれをアスランにだけ伝えるのが苦手である。
ラクスやキラには普通に言えるのに・・・やっぱり本当に一番大好きな人に好きっていうのは難しいのかも。
ピンク色の世界の中で一際輝く彼の存在に私は胸がいっぱいになる。その人は、いつもやさしく微笑んでくれて・・・
アスランだって苦手だろうけど、ちゃんと私に言ってくれたんだ。
私だって素直になって伝えなきゃ・・・
アスランみたいにな!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ってあれ?
ふっと私の頭を過る、あのシーン。
さっきみたいに興奮して前後のことを思い出せないんじゃなくって、次第に鮮明にはっきりくっきり浮かび上がってきた。
そしてその浮かびあがった映像の中で、私は何度も繰り返し巻き戻し思い出すのだが、
いくら思い出そうとしても一番聞きたかった言葉は一切出てはきてくれない。
「・・・?」
あれ?あれ?
ぐるぐる回るあの映像。さっきまでのように興奮してくるよりも、今はただアスランの口から聞きたかった言葉を捜している。
何度も何度も、回る。
私の頭の中を知るはずもないキラはきっと何気なく言ったのだろう。
『アスランもいい加減ちゃんとすればいいのにねぇ・・・』
それが何の事か、多分キラ以上に身に染みてわかっているのは私。
長年、幼馴染の関係を打破できずにいる私とアスランをキラはずっとどこか呆れた目で見ていたことは知っていた。
でもだからといってそう簡単に愛の告白なんてできないし、傍にいてくれればそれでいいと思っていたから
1歩踏み込めずにいたというより、踏み込まなくていいと思っていた。
でも私は今日、アスランと恋人同士になった・・・。
なったんだよな・・・?
だってキスしたんだぞ!?キスしたら恋人だろう!?
『あ、それじゃねカガリ。ちょっと早いけどおやすみ!』
「あ・・・う、うん・・・。おやすみ・・・」
通話を終えた携帯電話を暫く握り締めてから私は何を思ったかアスランの番号を呼び出してみた。
でもそれだけで、電話を繋げることはなく、画面に映っている電話番号を暫くじっと見てから携帯を閉じた。
「・・・何、聞くっていうんだ・・・?」
私のこと好きか?って聞けばいいのか?私たち付き合ってるのか?って・・・これは聞いてもいいことなのか?
不安になった。怖くてたまらない。だってどうしたらいいのかわかんないんだもん。
私の初恋はアスランだから、アスラン以外の人なんて知らないから、初めての恋だから大切にしたいと思ったんだ。
キスしても抱きしめあっても、私もアスランも何も変わってはいなかった。
何も変わらないこと、その事実が私を安心させてくれたのに、今は不安でたまらない。
だってこの恋はホントに、何も変わってなかったんだって思い知らされたから・・・
そこにメールの着信音が鳴って、私ははっとしながら高鳴りとともに携帯をしっかり持ち直す。
今度こそ今度こそアスランだと思っていたのに、
『件:さっき言い忘れちゃった!
本文:もちろんカガリも大好きだからね〜!(^○^)/』
とキラである。
とってつけたかのような告白に、私の中のピンクは吹っ飛んでベッドのうつ伏せになり、
さっきまでとは違う意味を持ちながら枕に頭を埋め手足をばたばたさせ、苦い気持ちを押し殺していた。
「うーーーっ、アスランのバカァァァー・・・電話よこせーーーっ」
だって、わかったんだ。わかってしまった。
キスできたことがあんなに嬉しかったのに、キスがしたかったわけじゃないと気付いたんだ!
>>学園話第二部本編に続く。
えへへ。アスランごめんね!(笑)
ちゃんと好きって言ってないおまえが悪いんだぞー。
ここからまたしてもアスカガの傍目には痴話喧嘩いちゃいちゃにしか見えないラブラブすれ違いが始まります(笑)。
アスランが欲望と悶悶と戦いつつ勘違いしまくりで、
それでもカガリとちゃんと距離を埋めて結ばれて学園話は終わりますので、このまますれ違いで終わらせるつもりはありません!
次回から本編、アスラン視点で始まります!
ハイネ会長も活躍させたいですっ
・・・・・・・・・・・キラ編で言ってた、「べ・ど・い・ん」についてですが・・・
高校生のこの(笑)2人には早いというか無理そうな気がしてきたんで、番外編大学生とかでできたらなと考えを改めてみました(笑)
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