シン・アスカの場合

 

 

 

 

 

メイリンに叩き起こされたのもいい。
文化祭が始まる時刻ちょうどにルナの学校に着いたのもいい。
なんとかメイリンのご機嫌をとってルナからもらっていた校内のパンフレットを広げたのまではいい。

「ねぇねぇねぇねぇ、シンー。手芸部がビーズアクセサリー販売してるんだって!
あ!体育館では1時半までバザーだって!いいものあるかもっ。ねぇシン、どっちから行く〜!?」
と、体育館と手芸部の教室を交互に指さしてそう言うメイリンに、


「たこ焼き」


と答えてサッカー部の屋台を指差したら、本気でキレられた。


「もう!シンのバカ!!ここから別行動よっ、じゃあね!」
そう言ってメイリンは俺の前から姿を消してしまった。
まずい。
家を出る前、母さんに「メイリンちゃんは女の子なんだから絶対1人にしちゃダメよ!」
と言われたばかりだったのだ。
メイリンを怒らせて一人にさせたなんて知られたら、後でこっぴどく叱られてしまうのは目に見えている。


「・・・世話が焼けるなぁ!」


こんな台詞、メイリンが聞いたらもっと激怒して「シンのほうこそでしょ!」と反論されるに違いない。
どうも俺の周りの女の子はみんな無駄に強い。
ルナもメイリンも、血が繋がっているからそう感じるだけなのか。
あんまりクラスの女子と話さないから、他の子がどうなのかって、俺、そういうのはよくわからない。

 

走り出してメイリンの後を追う。
あぁ見えて運動神経がすごくいいメイリンは、走るのもこれまた意外にもけっこう速い。
こういうところもルナとそっくりだ。
見失ってしまったから校内地図を広げて先ほどメイリンが言った手芸部の教室と体育館をチェックすることにする。


先に1階の体育館に狙いを定めて俺がまた駆け出した時・・・

 

 

<あーあー!諸君、おはよう!みんなの生徒会長ハイネ・ヴェステンフルスだ!>

 

 

校内に、そしてグラウンドに大きな声が響き渡った。
それと同時に、ここの学校の生徒らしい女子たちが一斉に甲高い声をあげた。


「きゃーーー!ハイネ会長!!」


そのミーハーと言える女子特有の煩さはメイリンで慣れているのだが、あまりにも騒いでいる数が多い。
俺は耳を抑えるけれど、抑えても抑え切れずに俺の耳に声は届けられる。

 

<<今日は1年に1度のお祭りだ!大いに盛りあがるように!>>


「「「はぁーーーい!!」」」

 

一体なんなんだ・・・。煩い・・・。

ここの女子生徒ってみんなこうなんだろうか。
ルナはこういう騒ぎ方をしないから、
というか、俺より年上ばかりのはずなのに皆ガキに思えてくる。

気付けばメイリンを追いかけていた俺の足は止まっていて、さらにそんな俺に今度は別の声が聞こえてくる。

 

<えー、ついでに今日は未来の生徒会長からも挨拶がある!>
<ええぇぇぇええ!?>
<ほら、何か言え!>
<え?え?え?え?>

・・・なんだ、この男。
しどろもどろでかっこ悪いヤツだな。
どうせ大したことない男なんだろう・・・と思っていれば、

 

「「「きゃーーー!ザラ君かわい〜!!」」」

 

どこかだよ。

 


・・・まったく・・・なんなんだよ、この学校・・・。
俺はへたくそな漫才を聞きにきたんじゃないんだからな!
けれど悲しいかな、へたくそ漫才は続けられる。

 

<あ・・・あー・・・あーー・・・あのー・・・ほっ、本日はお日柄も大変よろしく・・・その〜・・・>
<おまえバカか!?見合いの仲介人かよ!!>
<い、いきなり挨拶しろだなんて、無理に決まってるでしょう!>
<しょうがない・・・こんなバカはほっといて・・・>
<か、会長が俺にマイク向けたんでしょうが!!>
<えーーー、では、第22回ハイネ会長といっしょに楽しもう素晴らしきかな、あぁ文化祭っ、開催いたします!!>
<ちょ・・!俺を無視しないで下さい・・・ッ!それにその名は何ですかッ!>

 

騒いでいた女子生徒がきゃっきゃきゃっきゃと黄色い声とこれまた高い声で大笑い中。
煩さにまた耳を防ごうとしたその時、どーんと頭の上ででかい音が響いた。

 

「な、なんだ!?」

 

ばっと空を見上げれば、青空に浮かぶ、花火。
「・・・・・・・・なんで朝から・・・!?」
近所から苦情が来ないのかと聞いてみたくなった。
こんなアホなことするのか、この学校は。
みんなも呆れかえってるかと思い、今度はそばにいた生徒たちに視線を合わすと・・・


「いや〜、会長やることってかっこいいな!」
「あぁ!」


と話し合う男子生徒二人。
そしてその傍から女子生徒の笑い声。その笑いの途中で、ザラ君可愛い!とか、会長素敵!とか・・・
しまいには、見事にそろった黄色い叫び声・・・。

 

 

あのどこが可愛いく素敵なんだ・・・?
俺からしてみれば馬鹿げた校内放送だというのに・・・このノリについていけず、俺はため息をつく。


俺、ここの学校受けるのやめようかな・・・。


そうだよ・・・!そもそもこの学校受けることになったのだってメイリンが
「えーー!シンもお姉ちゃんところにしよーよー!しよーよー!」
とか何とか言いながら俺の腕を掴んでぶんぶん振りまわしたからだ・・・!
別に高校なんてどこでもよかったから、その時は2つ返事でOKしたけど、
今考えると俺の貴重な人生3年間を預けるわけなんだから、自分でしっかり選んだ高校じゃなきゃいけないよな!
そうだ、いっつもメイリンに振りまわされてるんだから・・・!これくらいちゃんとしないと!

 

「そうだよ・・・っ、女の言葉に惑わされてる場合じゃないって!」

 

そんなことを思えば、メイリンを追いかけなきゃいけないという思いは薄れてしまって
何時の間にかどうでもよくなってくる。
帰る時にはどーせ、何事もなかったかのようにあっけらかんとした表情で「シン、帰るわよー」と
これまた引っ張って連れて帰られるはずなんだ。
俺だってせっかく遊びに来たのだから、ビーズなんとかやらよりも食べ物関係を制覇することに集中したいさ!
メイリンなんかに構ってる場合じゃない・・・!

 

そう決断を下して俺は、メイリンを追いかけるのをやめ自分が目をつけたたこ焼き屋台へ方向転換。

 

「食いまくってやるーーーー!!!」

 

花火に負けないくらい大声で、俺は自分の決意を叫んでみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからおよそ8分。


今、俺の手元にはできたてアツアツのたこ焼き10個入り。俺の顔はホクホク顔。
「そ〜だよ!さいしょからこーすれふぁよかったんら!」
歩きながらその3つ目を爪楊枝をうまく使って口に運びながら独り言。
熱いたこ焼きが俺の口の中で踊る。けっこう美味しい。素人の作るもんだとバカにできないな。
次はどこへ行こうか。ヤキソバか、いか焼きか、喫茶店でお茶でもするか・・・と、
そんなことを考え歩きながら4つ目に爪楊枝をさした。
だからいけなかった。
歩きながら考え事して、しかもたこ焼きを頬張るのに集中して、だからいけなかったのだ。

前方不注意。目の前の角から、人が出てくるなんて!


「わ!・・・ってぇ!!」


現れた人と見事にぶつかり転び、朝、メイリンから叩き起こされた時と同じくらいの衝撃と痛みが俺を襲う。
痛みで情けない事に涙目になっていた目をぎゅっと閉じてしまった。それをそっと開くと・・・
そこには俺と同じくらいの年の金髪長髪男が1人。俺と同じようにぶつかったせいで尻餅をついている。
その姿を確認すると、今度は俺のたこ焼きを探す。
見つけた俺のたこ焼きは、転んだせいでばらばらに散らばっていて、残り7個が地面を汚していた。


「お、お、俺のたこ焼き・・・ッ」


視線を戻して転んでいる相手を睨みつける。いや、悪いのは俺もかもしれないけれど・・!
でもやっぱり食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ!!
そんな感じで軽く睨みつけたらすっとそいつが立ちあがって・・・俺はまた情けない事にびくっとしてしまった。
ケンカ売ったの、どう見ても俺からなのに・・・。
やるか!?という意気込みで自分を奮い立たせて立ちあがろうとすると、
「すまない、考え事をしていた」
簡潔にそう述べてそいつは俺に手を差し出した。


「あ・・・う、うん」


無表情でそう言われたもんだから、俺の毒気が抜かれてしまった。
実は俺も考え事してて前方不注意だったんだということは秘密にしておこう。
とりあえず殴り合いのケンカではなさそうだ・・と、俺は素直にその手をとってみる。
その金髪男は細い体に似合わず力があって、俺をぐいっと引っ張りあげた。


「・・・・・あ、ありがと・・・」


悔しいけれど、こういう時はちゃんとお礼を述べなくてはいけないと、
両親からは厳しく育てられている俺は、心にあるたこ焼きへの情熱は一時捨て去って礼を述べた。
すると金髪はポケットから小銭入れのようなものを探り出し取りだした。


「な、なに?」
「たこ焼き代を払おう」
「へ?」


まさかそこまでしてもらえると思ってなかった俺。
もちろん、遠慮ということも両親からきちんと教育されてきていた。
が、好意は受け取るべきだろう!
金髪がなんだかその容姿には似合わないガマ口財布を開けて小銭を探る。
ちゃりんちゃりんと音が鳴って、この財布の中には小銭しか入ってないような気がしてきた・・・。


「あのさ・・・お金、なかったら別にいいから・・・」


さすがにこれじゃまるでカツアゲだと思い、そこまで俺は落ちぶれちゃいいないと断ってみる。
けれど金髪は首を横にふり、こう言った。


「いや、問題ない」


そして俺に手をだせと言ってきて、俺がそれに従い右手を差し出すと、ちゃりんちゃりんとガマ口財布から小銭を落とす。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


手のひらにのった、206円。50円玉1枚、10円玉12枚、5円玉6枚、1円玉6枚・・・。
がま口財布から小銭の鳴る音がしなくなった。つまりそれは、その財布の中身が空っぽになったと言う事・・・。


「い、いいのか・・・?」
「あぁ、気にするな。俺は気にしてない」


いや、俺がけっこう気にするんですが・・・。こんな小銭だけ全額渡されてだなんて・・・。


「本当に大丈夫だ。俺はギルがワタアメ買ってくれるから」
「そ、そうか・・・?」


本当に、なぜか俺が申し訳ない気持ちになったけれど、金髪は頑固そうなやつだったから、
それ以上、何も言わずにそれを受け取った。
こいつ・・・本当に大丈夫か?生活できるのか・・・?
なんて人様の家庭状態まで心配してしまった。
じーっと哀れみの目を向けていれば、金髪は気付いたのか気付いていないのか無表情なままで・・・


「それじゃ、俺はギルが待っているから失礼する」
とだけ言ってさっと去っていった。


「・・・・・・」


さっきから金髪の言うギルって人がどんな人かは知らないけれど、
こいつがちゃんと食事ができることを祈って俺もたこ焼き屋に逆戻り。

けれど、やっぱり気になって・・・そう言えばちゃんとお礼を言っていないと気付いて振りかえる。

 

「なーー!」


俺が大きな声をかけると、金髪がゆっくり振りかえった。


「えっと・・・!これ、ありがとな!」


小銭を握り締めた右手を突き上げてお礼を言った。
金髪はこくりと頷く。
そしてまた歩き出した。

 

いい奴だ。

 

あいつ、制服じゃなかったからこの学校の生徒じゃないよな。
俺と同じ中3くらいだった。
メイリンに朝言われたことを思い出す。


「来年受験するところなんだから、しっかり見ておかなきゃね!」


・・・もしかしたら、この学校受けるやつなのかな・・・?
金髪は、文化祭なんて楽しむようなタイプじゃなさそうだしな・・・。

 

 

本当にすごくいい奴だったから、そんないい奴が受験するこの学校が、ちょっとだけ気になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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