アスラン・ザラの場合B

 

 

 

 

 

 

会長にカガリと引き離されてしまった後、俺が連れてこられたのは生徒会室・・・
ではなくて放送室。
そういえばもうすぐハイネ会長が文化祭開催の挨拶をする時間だが、俺には関係ないはずだ。

それを言ってやる前に、誰もいない放送室にほぼ無理やり押し込められる。
横暴な態度にその背中を蹴ってやろうかと、またしても後輩としていけないことを考えたりした。


放送室には初めて入ったが、けっこう広く素人の俺でも立派な設備だということがわかり、
俺が物珍しさに辺りを見まわしているとハイネ会長はすでに置いてあった小さ目のダンボール箱の中から
ぐちゃぐちゃになった何か布のようなものを取り出している。
「俺の部屋の押し入れから出てきたもんなんだがな〜」
と、覗き込もうとする前にハイネ会長が俺に振り返り<それ>を渡す。
手渡された俺は、このぐちゃぐちゃの布の正体を確かめようとし、広げてみてみる・・・それは・・・


「・・・これ」
「エプロン」
「いや・・・それはわかりますが・・・このアップリケは・・・」
「クマさんだ。可愛いだろう」
「・・・・・・・・・・・・」

 

本日2度目のイヤな予感。
どうか外れますようにと天に祈ってみる。

 

「これ、おまえの衣装な!」


「・・・・・・・・・・・」

 

・・・天は我を見放した。
俺は眩暈とともに天井を仰いで見た。

 

「可愛いだろ〜?」
「・・・これってイジメですか?」
「愛情の裏返しだ!」

それは結局イジメということではないんですか・・・?と聞く気力もなく項垂れる。

「おまえの今日の仕事は迷子放送〜。ここ、迷子のための連絡室みたいにしてあるからな!」
「・・・・・そう、ですか・・・」
「新米保父さんだな〜!がんばれよ!先生!」
「・・・・・・・・そう・・・ですか・・・」

俺に与えられた仕事が迷子放送とは・・・。
生徒会のみんなの間でも今朝、誰がやるかと話題になっていた。
てっきりこういうことは副会長が一番似合ってるんじゃないかと思って・・・、
俺には全然関係ないことだとばかり思って油断していたのに・・・。

でもまぁ、ここまではいい。ここまでは。

 

脱力したまま、俺は手渡されたエプロンをもう1度見た。
エプロンは、大きなクマかどうかも怪しい動物のアップリケがアクセントとなり無気味さを醸し出し、
ぐちゃぐちゃに折りたたまれていたせいで見事なまでの皺がだらしなさをアピールしてくれる。

 

・・・これを着ろ、と・・・?

 

「激務に疲れてるだろうおまえを思って、楽な仕事を与えてやろう!」
と胸を張って言われたのだが、放送室で独り孤独に耐える仕事だ。
「こういうのは、放送部に任せたらいいんじゃ・・・」と俺がぽつりと洩らせば、
「放送部員はみな女の子なんだぞ!可哀想だろう!?」と。
「・・・・・・・・・・・・・」

あぁ・・・どうせそんなことだろうと思いましたよ・・・。
この人のフェミニストは度が過ぎていると思う。
レディファーストもフェミニストも、尊敬できる部分であるはずなのに、
彼だと女好きの軟派男にしか思えなくなってくるのは、俺を襲う数々のショックのせいだろうか・・・?

 

「俺・・・今日、誕生日なのに・・・」

 

朝からずっと思っていた想いが切なくも溢れて無意識に俺の口からそんな言葉が出てきてしまった。
心から頑張ろうとは思っているが、少しくらい愚痴を言わせてほしい。

「おまえ・・・」

ハイネ会長が急に少し低めのトーンの声で話し出す。
この声のトーンは彼が真面目モードに突入した時だ・・・!
その声に、きっと会長は優しさを見せて、少しでもいいからカガリと会える自由時間をくれるのかもしれないと、
俺の胸は期待でいっぱいになりいつもより声が高くなって返事をする。

「は、はいっ」

ハイネ会長がそんな俺を見て優しく、にっこり笑った。
あぁ!やっぱり・・・!!
会長だって鬼じゃないんだ・・・!
今日が1年に1度の生まれてきた日だと知れば、
きっと、きっときっと、きっと!広い心で俺のほんの小さな我侭を受け入れてくれる・・・!

1時間・・・いや、もう30分でいい!

「会長・・・!俺・・・っ」
「祝いのキスが欲しかったのか〜!気付かなくて悪かった!ほーら、アスラーン、んー」
「もう誕生日だなんて口にしません。すみませんでした」

本当に口を突き出し目を瞑ったハイネ会長の見たくもなかった姿に寒気を感じ、俺は素直に謝った。
・・・そうだ、悪いのは俺だ。俺が間違っていたのだ。
この人に俺に対する優しさとか気遣いとか優しさとか気遣いとか優しさとか・・・
そんなものを求める自分が大間違いだったのだ。

「わかればよろしい。では、そのエプロン。早速着てみろ」
「・・・・・・・・・」
「やっぱり濃厚なキ」
「身に着けさせていただきます」

今度は舌までだしてきそうな会長に恐ろしさで身体が震えて、俺はありがたくも何でもない申し出を辞退した。
俺がここに会長と二人で居るとなぜだか身の危険を感じてしまうため、
なんとしてでもハイネ会長には一刻も早くここから出て行ってもらおうとあのエプロンを身に着けてみる。
機嫌よくさせておいて出て行ったら外せばいいだけだ。


「あ、俺が覗きに来た時着用してなかったらペナルティありで」


「・・・・・・・・・・・・」


なんてずる賢い人なんだろうか・・・。

 

 

 


「さてと・・・」
会長が放送機械の前に置いてある椅子に座って機械を動かそうとしている。
不本意なこともあるとはいえ、与えられた仕事のためにも扱い方をよく見ておかなくてはいけないとその様子を覗きこめば、
ありがたいことに然程難しい操作ではなく、いくつかスイッチを押せばいいような単純なもののようで俺はほっとした。
そしてはっと気付く。
ハイネ会長が機械の単純な操作をゆっくりとしていてくれていることに。
そして、その様子を俺に見やすいように椅子に座ってくれたこと・・・。

「いっや〜・・・!カワイ子ちゃん撮るために校内歩きまわって疲れたから、座ると楽だな〜」

前言撤回。

 

 

 

 

 

でも本当は、やっぱり、そう・・・なんだろう。


 

会長があるスイッチに触れた。マイクが高い音でピーっと1度鳴る。
あぁ、そうか。それで音を出すんだな。
俺は声をあげないように、息を飲みこみ大人しくその姿を見ていた。

 

静かになった部屋で、ハイネ会長が、息を吸いこんだのがわかった。

 

「あーあー!諸君、おはよう!みんなの生徒会長ハイネ・ヴェステンフルスだ!」

 

マイクノリのいい声が、校内に響いていることがわかる。
本当に、こういうことに慣れている人だ。
放送部員でもないのに。緊張も感じられない。俺はこの場にいるだけで変な緊張感があるというのに。
神経が通ってないのか、図太いだけなのか・・・あ、これはどっちも同じ意味かもしれないな・・・。

 

「今日は1年に1度のお祭りだ!大いに盛りあがるように!」

 

会長のマイクスピーチならぬ開催の言葉は続けられる。
今ごろ生徒たちは会長の言葉に、心躍らせていることだろう。
その気持ちは、自由時間を与えられていない俺だって・・・ちょっとくらいはわかるさ。
俺はまだ声を押し殺して息を潜めてそれが終わるのを待った。

あと一言、二言だろうと俺が少し緊張を緩めてしまう。その時だった。

 

「えー、ついでに今日は未来の生徒会長からも挨拶がある!」

「ええぇぇぇええ!?」

 

あり得ない一言とともに、急にマイクが俺に向けられた。
俺は今までの押し黙るという我慢があったせいか、
驚きと湧き上がった新たな緊張のせいで反応がさらに大きくなり、マイクが音ずれを起こすような大声を出してしまった。

「ほら、何か言え!」
「え?え?え?え?」

さすがにこればかりは予想もしていなかったから、俺の頭は一瞬で真っ白になって何も考えられなくなる。
挨拶、挨拶、挨拶・・・!?

「あ・・・あー・・・あーー・・・あのー・・・ほっ、本日はお日柄も大変よろしく・・・その〜・・・」
「おまえバカか!?見合いの仲介人かよ!!」

バシっと頭を軽くはたかれて、俺はむっとした。

「い、いきなり挨拶しろだなんて、無理に決まってるでしょう!」
「しょうがない・・・こんなバカはほっといて・・・」
「か、会長が俺にマイク向けたんでしょうが!!」
「えーーー、では、第22回ハイネ会長といっしょに楽しもう素晴らしきかな、あぁ文化祭っ、開催いたします!!」
「ちょ・・!俺を無視しないで下さい・・・ッ!それにその名は何ですかッ!」

俺がハイネ会長の答えを聞く前にドーンという音が外から聞こえてくる。

何事かと思いつつ、どこかで聞いたことのあるその大きな音に、俺はマイクから離れて外の様子がわかる窓際まで駆け寄った。
するとそこから見えたのは、青空に舞う、花火。

 

「は、花火・・・!?」

 

それに驚きとともに魅入ってしまっている俺に、マイク電源は落としたらしくハイネ会長が近づいてくる。

「いいだろう。秋の青空に花火ってのもなかなかに風情があるってもんだ」
「ど・・どこまで派手なことが好きなんですか・・・」
「どこまでも好きだよ〜」
「・・・・・・・・・・・・」

青空に、花火なんて映えないだろうと思っていたけれど、そんなことはなかった。
よく見えるかというとそうでもないのだが・・・
大きな音が耳に残り、うっすら浮かんだ火の華が目を楽しませてくれて・・・
なんだか忘れられない文化祭になりそうな予感がした。・・・・悪い意味でもだが。

 

 

そんなことを考えていた俺は暫く窓に張りついていて、自分の今の格好も、
先ほどの放送が校内中に響き渡っているなんてことさえも、綺麗さっぱりすっかり頭の中からは抜け落ちてしまい、
そしてこれによって俺の恥が知れ渡り、爆笑されていたことさえも知らないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

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