1人の男として


 

 

 

 

 

「じゃ、それはそういうことで」

Tシャツの一件の連絡事項を業者に電話したところで、俺は壁にかけられてあるシンプルな掛け時計を見た。
けっこうな長電話で時間を無駄にしてしまった。
このあとすぐ足りない分の画材を手配しなくてはならない。
とりあえず走りまわって古い倉庫からかき集めた少し埃をかぶったベニヤ板を数枚抱きかかえると、
俺は体育館へと向かうため小走りを始める。
本当は駆け出したいのだが、いたるところに廊下は走らないでという張り紙がされてある。
しかもそれは生徒会が提案した校則厳守強化月間の、強化した部分なため、破ることは許されない。
もっとも俺は別のことを強化したかったのだが・・・
俺が提案したのは『不必要なものは持ちこまない』。
それを提案した俺に、
「本棚にあるあの本は必要なんですか?」
と憎らしいほどに核心をついてきたダコスタ君の意見に皆が賛同して、
『廊下は走らないでね』なんて小学生のような決まり事になってしまった。

「まったく・・・ダコスタくんといい・・・バルドフェルド先生といい・・・」

珍しく俺の口からも顧問の先生への可愛らしい悪口が出てきてしまう。
あ、ダコスタ君へは愛ゆえに、だ。
まぁ多分、俺に限らず生徒会の人間はみな必ず今日1度は顧問に対してこんなことを口にしてるだろうが。
さっきダコスタくんとすれ違った時も、そんなことを呟いていたような・・・。
自分でできることは自分でやる、バルドフェルド先生の口癖、
もはや生徒ができることは生徒がやる、顧問ができることも生徒がやれ!
の間違いなんではないかと思ってしまう。

俺らしくないため息をつくと、思いきり頭を振った。うん、らしくない。
すると俺の背後からくすくすと笑い声。振りかえる前に、

「少し持ちましょうか?」

と、声がかけられた。

「・・・カガリちゃん!」

俺の前に現れた天使(女の子はみな天使)は、アスランの想い人であるカガリちゃんだった。
いまだに小さく笑ったままで、俺に歩み寄り手にしてるベニヤ板に手を伸ばす。

「あ、いいよ、重いし。体育館までだしな」
「大丈夫ですよ!私力持ちだから!」

力こぶを作るようなポーズで俺にアピールするカガリちゃん。
相変わらず元気なその姿に俺も自然と笑顔になる。やっぱり可愛いな。

「気持ちは嬉しいけど、女の子の指に傷つけるわけにはいかないから」
「・・・・・・でも・・」
「男はこういう時、かっこつけたいもんなんだよ〜」

俺がおどけてそう言うと、またカガリちゃんは笑った。
けらけらと元気良く笑う彼女には好印象しか残らない。
そうして一通り笑い終えると、荷物を持つのは諦めたのか、俺の隣に並ぶ。

「渡り廊下まではいっしょに行っていいですか?」
「もちろん。可愛い子のお願いはきくためにあるってもんだ!」
「あはははは!」

彼女の笑い声が響き終わるのと同時に二人の足が1歩前に。
仲良く隣同士で歩き始めた。
俺の手に抱えられたものが気になるのか、時折ちらりとこちらを盗み見する。
心配なのだろうか。
けれどしゃしゃり出て奪ってまで手にすることはなく、彼女の気遣いは女の子らしい。
それとも先輩だということで彼女なりの遠慮なのか。

・・・あいつになら持ってやる!とか言いながら勢いよく奪うんだろうな。

今日も機嫌の悪そうだった、次期会長の姿を思い浮かべた。
持ってやる!なんて情けなく荷物を奪われたあいつは慌てふためきながらもきっとその頬が緩んでるんだろう。
俺の想像の中だけのくせに、その顔があまりにもむかついて、
この後想像の中で現れたダンディなハイネという男(俺だ!)は一発意味もなくこの次期会長の頬を殴ってみた。
痛そうに頬を抑えこむやつに笑ってしまう。

「ハイネ先輩?」
「あ!ごめんごめん・・・!」

俺の頭の中の小劇場に俺のほうがにやけていたらしく、不思議そうな目でこちらを見ているカガリちゃん。
女の子の前だってのにどこか飛んでしまっていた頭の中を振るい、公演を終了させた。
じっと俺を見ているカガリちゃん。
大きな綺麗な琥珀の瞳に映る俺。
まるでドラマの恋愛関係にある男女のような雰囲気があいつに申し訳なくて、
何より後輩思いの素敵な先輩としては自分ばかりがいい思いをさせるわけにもいかなくて・・・

「単刀直入に聞こうかな」
「何をです?」
「アスランと喧嘩した?」

ここ数日、どこからどう見ても不機嫌オーラを放っていたやつを思い出しながら、
間違いないその原因と理由に尋ねてみた。

「・・・・・・・・・・・・あ・・その・・」

ぴったり大正解だったのか、カガリちゃんは急に口篭もる。
本当にわかりやすい子だ。
単純すぎて恋愛の駆け引きには向いてないところは、本当にあいつにもそっくりで、
人は自分とは違う人間に惹かれてしまうという説は崩れたような気がする。
似たもの同士という言葉が頭の中を流れた時、口篭もったままのカガリちゃんが、ようやくその思いを口にしてくれた。

「中学校の頃、剣道部だったんです。すごく強くて・・・」
彼女が今言った、剣道部というのは、これが彼女ではなくあいつがやっていたということはその口ぶりからわかる。
「高校に入ってもはじめるのかなって思ってたら、あいつ、俺はカガリとの時間を作りたいから入部しないって」
なんともあいつらしい理由なのだろうか。
好きな女と好きなこと、同時に両方夢中になるのもできないほど不器用とは・・・。
それを一途というのか、男らしくないというのか、あいつなら前者と見せかけて後者に当てはまりそうで怖い。
「嬉しいけど、それ以上に・・・私、邪魔なのかなって思った」
「生徒会も、カガリちゃんがイヤならやめるとか言い出した?」
「・・・・・・ぴんぽーん!正解ですっ」
健気にも明るく答える彼女に泣けてくる。
俺はカガリちゃんと出会って間もないが、それでも彼女の性格は理解しているぞ。
自分のためにと他を疎かになってしまうような男が嫌いなんて、この子の性格だとはっきりしてそうなもんだが。
あいつは何年も付き合っててそんなことさえ気付かないというのか。
本当に情けない男だ。
自分の台詞に落ちこんだのか、カガリちゃんはさっきまで元気だったその笑顔を曇らせて俯いている。
無意識なのだろうが、悲しいということを身体の全てを使って表現している。まるで子犬だ。
その頭を撫でてあげたくなった。けれど、

「あぁ!残念!」
「へ?」
「今、両手があいてたら抱きしめて慰めてあげるのに!」

俺の言葉に、俯いていた顔をあげて、目をぱちくりさせている。

「仕方ない。それはヤツにまかせるか」
「・・・・・・・え・・」
「多分まだ生徒会室。行っておいで」

大きな琥珀の瞳が、今度はめいっぱい見開かれた。
わずかに頬に赤みがさしたことでそれが嬉しい言葉だったのがわかるのに、
やっぱりあいつに似てちょっと頑固なところもあるらしい。

「でも・・・っ」
「喧嘩中?」
「・・・・・・・は、はい・・・」

すぐにでも飛んでいきたいだろうに。
彼女の中にある意地っ張りな部分がそれを許さないんだろう。
そういう子のそういう心を素直にさせてあげるのもいい男の役目だ。
駄目押しのように俺は彼女に伝えてあげる。

「言葉にしなきゃわからないこともあるだろ?カガリちゃんもカガリちゃんで内に閉じこもってちゃダメだ」

びくりと彼女が震えて、俺の目を真剣に捕らえた。
その重なった視線に優しく微笑みかける。

「それでもあいつがバカなままだったら、俺のところにおいで。殴ってやるから!」

殴ってやるからといえば、カガリちゃんはその言葉に噴出した。
余程俺が本当にあいつを殴りそうだと思ったのか。
どっちにしろ楽しそうに笑ってくれて俺は嬉しかった。
そして、その俺の言葉にカガリちゃんは嬉しそうに笑ったまま元気良く頷いた。
これは彼女の素直な部分だ。
きっとずっと背中を押してくれる、そんな言葉が誰かから欲しかったのだろう。
意地をはるっていうのは、少しなら可愛いもんだが、張り続けると自分でも止められなくなる。
きっと、俺のような存在を待っていたはず。

カガリちゃんは俺に1度頭を下げて走り出す。
廊下は走らないでね、なんて知ったこっちゃない。
今の俺は生徒会長のハイネ・ヴェステンフルスじゃなく、一人の男ハイネ・ヴェステンフルスだ。

女の子は好きなやつのそばで笑ってるのが1番可愛い。頑張れ。
そして、あの男には感謝してもらおうか。
カガリちゃんが元気になってほしいのは1人の男として。
あいつに元気になってもらうのは会長として。

「機嫌よくしとかなきゃな。明日も手伝ってもらうつもりだし」

今ごろ生徒会の激務に嘆いていそうなあいつの顔を思い出して、1人呟いて笑ってしまった。


 

 

 

 

 

 

 

 

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