いい男の条件

 

 

 

 

 


「最悪だ・・・・・」

 

誰も居ない生徒会室で俺はぽつりと呟いてしまった。
カガリと喧嘩してからもう3日が過ぎている。

こんなに長いことカガリが俺に話しかけてきてくれなくなるのなんて、
10歳の時、カガリが楽しみに買ってきたメロンパンを
カガリの家に遊びに行った時、間違って食べてしまって怒らせた時以来だ。
あの時は丸4日間、カガリは俺を避け続けた。
それは本気の怒りではなく、子供の意地が膨らんだだけのことだったのだが・・・
今、その時の最長記録さえ超えようとしている。

あのキラでさえ「大丈夫?」と聞いてきたほどだ。
そんなの俺が聞き返したい。「俺は大丈夫なのか」と。
クラスメイトたちもどこか俺を哀れむような目で見ているような気がする。
そんなのはもうどうでもいい。
哀れみの視線の中でもいいから、俺にカガリを与えてください。

けれど今、俺の手元にあるのは、可愛いカガリどころか、背中に冷や汗が流れそうな男からのラブレター。
差出人は
「・・・・・・ハイネ会長・・・」
預かりものよ、とフレイに言われて渡された手紙は、やはり封筒にも入ってない紙切れだけの手紙で、
内容なんて見なくても誰から差し出されたものかはわかった。
ため息をつきながら中身を確認すると、

『本日、放課後4時より生徒会室に来るように』

と書かれてあるではないか。

本当なら、いつものようにこの誘いも無視して家に帰って傷ついた心を寝ることで忘れ癒したい。
しかし俺は会長にむかって「次期会長になる!」と宣言してしまった。
してしまった以上は責任も持たなくてはいけない。生真面目な自分の性格を呪ってしまう。
どのみち、今クラスでは文化祭の準備に向けて大きな看板作りに勤しんでいるので先に帰ることはできないが。
クラス代表の俺がぬけると何か問題が起きるんじゃないかと、うまい言い訳を作り教室に止まろうとしたが、
担任のフラガ先生に「クラスのことは俺にまかせて、生徒会に行って来い」と言われてしまった。
きっとハイネ会長が裏で何か工作したに違いない。

「・・・・・・・はぁ・・・」

ここ最近、毎日数え切れないほどのため息ばかりついてしまう。
少し老けこんでしまったかもしれない。
カガリ、という存在さえあればいつでも元気になれるのに、その存在は傍にはいない。

「・・・・・・・・・・・・はぁ・・・」

またため息。その後、顔を上げて黒板の上にある時計を確認すると、4時を少し過ぎてしまっている。
少し、遅い。
もしかして騙されたのか・・・?会長がきたら文句でも言ってやろう!
そんな考えが頭をよぎったとき、閉まっている扉の向こうから声が聞こえてきた。

「アスランいるかー?あけてくれー!」
「?」

会長の声だ。自分で扉を開ければいいのに・・・と思いながらも、
拒否反応を起こしかけの身体をなんとか動かし、扉へ向かう。

がらりと、扉を開ければ、俺の目に映ったのはたくさんの画材を抱え込んでいる会長の姿。

「な、なんですか、それ・・・?」
「文化祭で使う画材。4時半からクラス毎にわけるんだ」

たしか本当に今日の4時半から画材分けだったことを思い出す。
クラス代表なのに、ここ最近の心労ですっかり忘れていた。

「あ、ちょっと持ってくれ」
「あ、は、はい」

言われて俺は、会長が持っていた積み上げられている画用紙を2パック取り上げる。
取り上げて気付いたのだが、手に画用紙や紙のパックを持ってるほかに、
うでには紐のようなものがぐるぐると巻かれてあるし、脇には板のようなものを挟みこんでいる。
よくこんな状態で歩いてこれたなと感心していると、少し軽くなったのか、そのまま会長は生徒会室に入ってきた。
手に一杯の荷物を生徒会室の大きな机の上におくと、休むことなく持ってきたものの数をチェックしている。
そして数えながら、俺に言う。
「あ、そこの棚の3段目から書類とって」
「え?あ、はい」
「それじゃない。A4の紙」
「あ、は、はい!」

言われた通り棚から書類を取り出した。
この書類はクラスごとに文化祭の出し物を決めたときのもので、以前に俺が提出したものだ。
各クラスの必要なものも事細かに書かれてある。

「これ、各クラスに振り分けるから。必要なものが同じのクラスはまとめておけ。間違いのないようにな」
「は、はい・・・!」
ハイネ会長がやってきたら思い切って文句の1つでも言おうと思っていたのに、
今の真剣な会長を見ていると俺の子供のような思いはさすがに出てはこない。
俺は手にした書類に目をやりながら、言われた通りにする。

 

 

そうしていつのまにか手伝ってしまっていた自分の耳に、突然女の子の声が響いた。

「かいちょぉー。1Aと3Eが頼んでいた黒のTシャツ、100枚からですってー」

そう言いながら開けっぱなしだった生徒会室の扉から顔を出したのは、
赤毛のショートカットの女の子。
制服のリボンの色が2年生ではなく1年生のものだった。

「ルナ!ちょうどよかった!こいつの面倒見てやってくれ」

『こいつ』って、俺のことだよな・・・。
面倒見てやれって、まるで俺が出来の悪い子みたいじゃないか。

「Tシャツの件は俺がなんとかかけあってみるから」
「はいはい、わかりました」

ルナと呼ばれた女の子が会長と入れ替わり生徒会室に入ってくる。
会長は駆け足で去っていった。

「ども!」
「どうも・・・」

明るく声をかけてきたこの女子生徒は、どこかで見たことがあるような気がする。
生徒会の子だろうから、見たことあるってことは当前なんだが。

「生徒会書記の1年D組ルナマリア・ホークです!」
「あ、あぁ・・・2年C組の・・・」
「アスラン!アスラン・ザラ先輩!」
「え、あぁ。そうだ・・・知ってるのか?」
「だって有名人ですもん!」

それは喜ぶべきだろうか・・・。
どうせ有名人といっても、ハイネ会長に追っかけまわされている男、くらいにしか噂になっていないのだろうし。
俺があからさまに嫌そうな顔をした時、それも気にせず彼女が身を乗り出して言ってくる。

「先輩も有名だけど、あたしも1年生で生徒会ってすごいでしょ?」
「そうだな・・・」

今までの生徒会は1年生は後期からしか生徒会には入ることができなかったけれど、
今年の4月から、新一年生も生徒会に立候補ができるようになった。
けれど実際には入学したばかりの1年生にそんな余裕があるはずもなく、
思い出せば確か、1年生で立候補したのは彼女だけだった。
それも立候補者が複数重なって投票になったというのに、見事書記の座を手に入れたことは
当時の学校内では話題になっていたような気がする。
その時から生徒会への立候補をすすめられていた俺としては、やっと今年も生徒会選挙が終わったと安堵するだけで、
1年生が選ばれたというその話題に関しては興味を示すはずもなかったのだが。


「ところでハイネ会長は・・・?」
「あぁ。会長は業者さんに電話でもかけにいってくれたんじゃないかと」
「?」
「Tシャツですよ。2クラスほど黒のTシャツを人数分用意してほしいってリクエストがあったんで業者に頼んでるんですけど、
向こうの受注間違いがあったらしくって。受けつけがホントは100枚からみたいなんですよ」
「それで?」
「2クラスあわせて70枚弱・・・。枚数が足りないから・・・交渉でもするんじゃないですか?そっちの間違いなんだからまけてくれ!って」
「こういうのって先生方の仕事な気もするけど・・・」
「でしょう!?」
俺の言葉に、大きくうんうんと頷いている。
よほど先生方に苦労させられているのだろうか?
・・・生徒会顧問のバルドフェルド先生の豪快な笑い声を思い出して、妙に納得してしまう。

「でも、信頼されてるって思うようにしてます」
笑いながらあっけらかんと言ったその言葉。

 

「大変だな」

 

俺が何気なく呟いた一言に、彼女は首をふって答えた。

「1番大変なのって、会長ですよ」
「え?」
「ほとんどの仕事引き受けてくれますもの。私たちの分も」

 

まさか。あのとぼけた人が。
むしろ他の生徒会役員を困らせるようなことばかりしてるんじゃないかと思う。
お祭り騒ぎが大好きな、目立つところに立つと悪ふざけをはじめる会長の姿はともかく、
こんな裏方の仕事に精を出すハイネ会長の姿を思い浮かべることはできない。

 

「あの人・・・すごい人ですよ」

彼女の眼差しには、尊敬の念が込められている。
全幅の信頼とでもいうべきだろうか。


けれども、その全てが俺には理解しがたいもので、わからないという表情を作り出していたら、
それに気づいた彼女が苦笑しながら俺が手に持っていた書類を取り上げて言った。

「ま、それはともかくとして。・・・とりあえず先輩、これクラスごとにわけました?」
「え?あぁ・・・」
「よし。・・・・もうすぐ4時半ですね。そろそろかな?」

時計の時刻を確認しながら、彼女がシャツの袖をまくる。

「看板用の板とか・・・いいものは取り合いになっちゃいますから、不平のないようにうまく分けてくださいねー」

あまりにも彼女が明るく言うものだから、
俺はこのあと、戦争のような画材争奪戦が繰り広げられるなんて想像もできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れた・・・」

ぐったりと身体を脱力させて椅子に腰掛け机にうつ伏せる。
宣伝用の看板争奪戦は凄まじかった。
できればいい看板を作りたいと思うのは当たり前の事だろう。
だが、「あっちの板のほうが綺麗だ」「どうしてそれを1年生に渡すのか」等々。
何かあるたびに説明にはいり・・・人と話すことの苦手な俺は、今日こんなところで一生分喋ったかもしれない。

「お疲れ様でした、物配るだけなのにけっこう大変でしたねー」
「本当に・・・」
「でも当日はこんなもんじゃないですからね〜」

今しがた彼女も同じように大変な目にあったというのに、どうしてこんなに元気なのだろうか。
俺がまたもう1度深く机にうつ伏せた時、彼女は言う。

「私の今日の仕事はこれで終わり、かな。先輩もご自分のクラスに戻ってけっこうですよ」
「あぁ・・・・」
のろのろと椅子から立ちあがる。
彼女に軽くお礼を述べてそのまま部屋を出ようとした時、あの人を思い出す。

「そういえば・・・ハイネ会長は」
「あら。そんなに気になりますか?」
「ち、違う!ただ戻ってくるのが遅いんじゃないかって・・・」
「そうですねー」

どこへ行ったのかと呟きながら首を傾げる彼女を見て、ふと、俺にある考えが思い浮かぶ。

「・・・さぼってるんじゃないのか?」
「まさか!」

その考えは彼女にはすぐに否定された。
きょろきょろと辺りを見回してから、彼女はとある方向へ指を指す。

「あぁ、ほら。見てください」

彼女が指差すその方向、窓の下を見ると、裏庭の本間から体育館へと続く渡り廊下にて
またしても先ほどのように両手に大荷物を抱え小走りの会長の姿。

「あれ、さっき足りなくなるかもしれない画材の補充分ですね」

何気ないことのように言っているが、彼の持っている画材の量は半端じゃない。
生徒会の人間は1人じゃないのに、誰かに頼む事もせずまず自分でと、一人で働いていたのだろう。

「・・・・・・ずっと、動いてたんだ」
「えぇ、きっと。・・・すごいことですよね・・・人のために働けるって・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「私、手伝ってきますね!じゃ!」

走り出すように彼女は生徒会室を出ていった。

その後姿からもわかる、全幅の信頼は揺るぎない。
あの副生徒会長もきっとこんなふうにハイネ会長を信頼しているのだろう。
この生徒会の人間は、皆、そうなのか?

 


カガリも・・・・そう、なのか?

 


会長に立候補すると彼女に伝えたとき、彼女は頑張れと言ってくれた。
それなのに、「カガリ」を理由に撤回しようとした自分を思い出す。

彼女は、そんなこと望んでいないのに。俺は一体「何」を理由にしてるのだろうか。

 


俺はもう1度窓の下を見た。
会長の姿はもうすでになかったけれど、他人のために汗を流している姿が目に残っている。
それは初めて会長がいい男だということに気付いた瞬間。

 

 

 

そして、初めて、本気で自分がそんな男になりたいと思った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

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