感謝

 

 

 

 

 

 


「思いの他うまくいったのは、きっと日頃の行いがいいからだ」

 

そう言った俺の言葉に、俺の頼りになる現役副会長ダコスタ君は笑い声をあげる。

 

「日頃の行い、ですか?・・・『アレ』も生徒会費で購入する行い、ですか?」
「なにおう!」

本だなを指差しながら憎まれ口も忘れない。
ダコスタ君が指刺した本だなには、厚めの辞書がずらりと並んでいる。
が、彼が言う『アレ』とは辞書のことを言っているのではなく、その後ろに隠れるようにして、
実際に隠してある女性の裸がたくさん掲載されている、いわゆるいかがわしい本のことだ。

「あれは健全な精神を作り上げる大切なものだ!」
「はいはい」

熱弁する俺に、ダコスタ君は世間で言う大人の対応で対処する。
長い付き合いもあってか俺の対処法はばっちりのようだ。

 

 

しばらくそんなふざけたやり取りをしていたが、
自然に2人とも話題は今月末の文化祭のこととなっていく。

「最後だから成功させましょうね」

それは、俺の生徒会の仕事のことを言っている。
いつまでもこの居心地のいい場所を離れたくないというのは子供の我侭みたいだが、
正直に言えば、そんな気持ちも俺の中にはある。
ダコスタ君の神妙なその言葉を聞いて、俺はいつもの会長モードになり真剣に、
揃った全学年全クラスの書類を、一枚一枚チェックしていった。
本当ならこれは生徒会顧問であるバルドフェルド先生の役目のはずなんだが・・・
信頼されてるのか、めんどくさいのか・・・前者だと思っておきたい。

 


「ここ場所希望、重なってんな」
「あ、ほんとですね」
「音楽室なら開いてるし、3年生優先で他のクラスは別のところに行ってもらうか」

書類に赤ペンでわかりやすいように印をつけておく。
その他のクラスも、希望個所が重なっていないかの厳重チェック。
真剣な俺を見て、ダコスタ君が生意気にもこう言った。

「ほんと、会長は真面目な時とそうでない時の落差が激しいですよね〜」
「ほっとけ」

ダコスタ君の誉め言葉かよくわからないその言葉に照れを隠すようにして俺は勢いよく茶をすすった。

 

俺専用の湯のみの中のお茶がなくなったところで、ダコスタくんが席を立つ。
給湯室に向かうところを見れば、俺は何も言ってないのに新しい茶を用意してくれるようだ。

本当によくできた副会長だ。

 

 

1人になったところで俺は1度書類から目を離し、座ったまま背伸びをする。
外の空気を吸いたくなって、窓を開けようとそこへ近づけば、
何気なくその窓の下で歩いている、見なれた蒼い黒髪の男を発見した。
今から帰宅のようだが、その姿を見て俺はにやりとしてしまう。

ここからではやつの表情がわからない。
けれど背中は猫のように丸まっていて、歩く方向が定まらないのか酔っ払いのようにふらふらしてて、
今にも平地ですっころびそうというか・・・壁に激突しそうな雰囲気だ。

余程さっきの『会長立候補宣言』が、後からこたえてきたのだろうか?
でもまぁ、この部屋を飛び出した時のあいつの勢いからすれば、それは違うのかもしれない。
どうせ、あいつのことだ。

「カガリちゃん、かな?」

多分、いや絶対そうだろう。
きっとあの後、彼女との間に何かあったはず。
情けないその背中から漂う哀愁が、まるで奥さんに逃げられた
しがないサラリーマンのようで、俺は声を出して笑ってしまった。

 

「何、お一人で笑ってらっしゃるんですか?」

給湯室から顔を出したダコスタ君が、俺に尋ねてきた。
俺は彼に向かって小さく手招きをする。

「?」

ダコスタ君はそれに従い俺のそばへとやってきて、俺が窓を小突くとそっちの方向へと視線を向けた。
そして俺の笑いの原因を知る。

「あ〜。ザラさんですね」

そう、アスラン・ザラだ。
アスランと同じ2年生だというのに、ダコスタ君はいつも相手を敬称付けの上、丁寧な言葉で話す。
それも彼の穏やかな性格とマッチしてて、むしろ自然だ。


「でもあんなに落ちこんで・・・アスハさんと喧嘩したんでしょうか?」

ダコスタ君の言葉は俺のツボにヒットした。
さらに深く笑い出した俺。
アスラン・ザラの機嫌が悪かったりする理由の全てがカガリちゃんだと思うと、
何よりそれを皆に知られているあいつの姿が愉快で愉快でしょうがない。

 

一通り笑った後、ダコスタ君はタイミングを見計らっていたのか、
1度給湯室に戻って、今度は彼のお気に入りの紅茶と茶菓子を手に出てくる。

「バルドフェルド先生が来るまで、もう少しのんびりしておきましょうか」

そう言って机の上にそれを置くと、見事な手つきで紅茶を入れはじめた。
蒸らした紅茶をカップに注いで、小さめの角砂糖を1つ入れたものを俺に手渡す。
「どうぞ」
小さな角砂糖1つ!と、言わなくても彼はそれが当たり前だとばかりに気遣う。

そのカップを受け取りながら俺は彼の顔を見た。
生徒会は俺を含めて3年生は会計と2人しかいない。
自動的にほとんどの1、2年生が次も生徒会に名乗りをあげるだろう。


1番、生徒会長に近い場所にいたのは、きっとこいつだ。

ダコスタならば、真面目で、気遣いのできる、きっとそんな立派な生徒会長になっていたことだったろう。

 

「悪ぃな」

「何がです?」

「いや・・・・・」

 

 

本当に、よくできた副会長だ。

俺は、彼の気遣いで淹れられた紅茶をすすって、心の奥で、心の底から感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

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