あと3分あったなら。

 

 

 

 

 

 


生徒会室を出て、急ぎ足でカガリを待たせている校門へと向かった。
夕焼けがカガリの金色の髪に反射して、すぐに彼女を見つける事ができた。

「お待たせ!カガリ」

少し待たせてしまったことに怒っていないか様子を覗ったら、どうやらそんなことはないらしい。
笑顔で俺を出迎えてくれた。
その顔が、大好きだ。

「もういいのか?」
「いいよ、どうせまた生徒会のことだったし」
「ふ〜ん・・・」
「アイスクリーム食べにいこうか?」
「あ!忘れてた!」

どうやらさっきの一連の出来事ですっかり忘れていたらしい。
びっくりした後、笑いだす。つられて俺も笑った。

「今日はもういいよ。また今度行こうな」

そう言って歩き出したカガリの後をついていった。
歩幅は彼女にもちろん合わせる。
夕暮れが眩しかった。それ以上にカガリが眩しかった。

 

 

 

「生徒会かぁ」

 

夕焼け空から降り注ぐオレンジを浴びながら、カガリが小さく呟く。
まだその事を気にしているのだろうか?

本当に、どうしてハイネ先輩が俺を生徒会長にしたいのかがわからない。
立候補したがる生徒は山程いるだろうに、白羽の矢が俺に立った理由がわからない。

考えても考えても思いつかない理由に眉をよせていると、
ずっと疑問に思っていたのだろうか。
カガリが思い切ったように聞いてきた。

「おまえさ、なんで生徒会長なるのイヤなんだ?」
「え?」
「名誉なことじゃないか」

カガリに言われて気付く。たしかに名誉なことだ。
さっきも思ったように、生徒会長になりたいと思っている人間はたくさんいる。
ましてや思えば誰でもなれると言うものではない。

 

「・・・・・・・目立ちたくないから・・・」

 

考えても思いつかないので、なんとなく理由を探してみた。
嘘はついてはいないが、少し苦しい言い訳かもしれない。

もし本当に理由をひとつあげるとすれば、カガリとこうやって過ごす時間を減らしたくないからかもしれない。
でもそんなことを言ってしまえば、カガリのことだ、私のせいなのかと怒り出すに違いない。
できればそんなふうになるのだけは勘弁だ。

喧嘩するのは辛い。
仲直りする時は甘いいい雰囲気になってくれるのだが、それまでが非常に辛い。
拗ねたカガリは口を聞いてくれなくなるし、彼女の弟にまで変な目をむけられるし、
彼女の親友からも冷ややかな視線を送られるし・・・・・・
とりあえずいい事は何もない。

 

 


「ふ〜ん・・・・そんなもんか・・・」

納得してくれたのか、これ以上は聞かれなかった。
道端にあった石ころを蹴りながらカガリは歩いていく。

「カガリ。ちゃんと前見て歩かないと電柱にぶつかるぞ」

とか何とか言いながら、可愛いその姿に俺の目は釘付けだ。
けれどカガリが本当に電柱にぶつからないように、細心の注意も払う。

蹴った石が溝に転げ落ちたところで、カガリは別の話題を振ってきた。

 

「そういえばさ〜。今度の文化祭、おまえの誕生日だよな」

 

今年の文化祭は10月29日。
それは俺の誕生日でもある。
今年もちゃんと覚えていてくれたことが嬉しくて、俺の顔は緩んでしまったかもしれない。

 

「何がほしい?」

カガリがほしい。
と言えればどれだけ幸せなことか・・・・。
度胸のない男らしくない俺は、いつも心の中でその一言が言えずに泣いている。

 

「何でもいいよ。何でも嬉しい」

去年も一昨年もその前もそのずっと前も、同じようなことを聞かれ同じように答える俺。

「もう!それじゃわかんないんだってば〜」

けらけらと笑いながら、俺の腕を1度叩いた。
そういえば去年もこんな感じだった。
そして次はこう言ってくれるのだ。

「ま、いいや。楽しみにしてろよ!」

それはもちろん。
カガリが何をくれるのかはいつもいつも楽しみにしている。
去年カガリがくれた財布は、今も自分の鞄の中にちゃんとある。
一生この財布を使っていこうとさえ思う。
それくらいに、カガリがくれるものは何でも嬉しい。
もちろん、カガリの存在が1番欲しいものでもあるが。

 

 

 

 

 


2人で喋りながら帰途につくと、あっという間に時間がすぎる。
気付けばカガリの家の前だった。
何も言わなくても、カガリを家まで送り届けるのは俺の仕事。
そうだ。生徒会に入ってしまえば、この大切な時間さえなくなってしまうのだ。
こんなに大切な時間を削りたくなんてない。
妙に1人で納得して、玄関前でカガリと今日最後の立ち話を始めた。

「それじゃな。ありがと!」
「あぁ。明日も早いんだろ?気をつけて登校しろよ」

カガリは明日も友人の朝練に付き合うはずだ。
俺もいっしょに登校してもいいんだが、その友人と2人で登校するらしいので
さすがの俺もそこには入っていこうとは思わない。
もうすぐ大会が終わるし、それからまた2人で登校すればいいだけのことだ。

 

「あ、そうそう。それと、夜更かしはしないこと」
「よ、夜更かしなんてしないぞ・・・!」
「本当に?昨日も遅くまでゲームしてたんじゃないのか?」
少しだけ意地悪して言ってみたら、カガリの顔が赤くなった。
図星だったかもしれない。
「ば、ばか!」
家の門扉前の、小さな階段を2段のぼったところで、片手で拳をつくって俺にむかってそれを振り上げた。

その時、
カガリの身体がぐらりと揺れた。
突然動いたから、バランスを崩してしまったのだろう。
前のめりになったカガリの身体を、両腕で受けとめた。

 

 

ふわっと、柔らかい、

身体が自分の身体にもたれかかってくる。
いい香りがしてそれの香りが自分の周りでいっぱいになる。
瞬時に心臓が痛いくらいに強く鳴り始めた。
そう、この香りに興奮してる自分がいるのだが、何よりも、
カガリは片手をあげていたせいか、はっきりと自分の胸に、柔らかいものが当たっている。

 

 

 

それは、カガリの、胸だ。

 

 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!

 

 

 

 


こ、こ、この場合は・・・・っっ
どっ、どうすればいいんだ・・・・・!?

何事もなかったふりをして、カガリを離せばいいのか!?
いや、でも、勿体無い・・・!!
胸が柔らかい・・・・・じゃなくって!!
こんな風にカガリを抱きしめられるのなんて、年に1度あるかないかだ!

 

 

 

 

 

どうしていいかわからないくせに、俺の身体は自然に動いた。
ぎゅっと力をこめて抱きしめたのだ。
するとカガリが振り上げていた片手をそっと下ろして、俺の背中に手を添えてきた。

 

こ、これは・・・!!
この雰囲気は・・・・!!

まるで恋人同士だ・・・!夢にまでみた恋人同士だ!!

 

 

心臓がいつもよりも10倍は早く鳴っている。
深呼吸をしたいが、そんな動きさえできないほどに緊張しているみたいで。

 

このまま、抱きしめ続けてもいいのか。

それとも好きだと伝える方が先なのか。

それともそれとも、男らしく強引にキスでもしていいものなのか。

 

 

ここが外で目立つ場所だということも綺麗さっぱり忘れ去って、ぐるぐると動く思考回路は今にも壊れそうだった。
あまりにも幸せな出来事で、それで心も身体も頭の中もいっぱいで・・・だから気付かなかった。
後ろに人が居たなんて。

 

「・・・・・・・・・・・・・・おかえりなさいませ」
「!!」

 

遠慮ががちに聞こえたその声に、俺とカガリ、同時に身体がびくりと揺れた。
恐る恐る振り向けば、そこには

 

「・・・・・・・・マーナさん・・・・」

この家のお手伝いさんだ。
俺の顔は興奮と喜びの赤から、青になったに違いない。

 

「た、たたたたただいま・・・っ!!じゃ、じゃあな!アスランッッ」

 

ぱっと俺から身体を引き離したカガリ。
振りかえらずに俺から遠ざかる。温もりと柔らかさが俺から遠のいていく。
ドアを開けてその中に飛びこんでいく後ろ姿を、寂しく見送った。
ぺこりとマーナさんも笑顔で頭を下げてカガリのあとに続く。

・・・・・・・・・・・笑顔だったけれども、マーナさんの目は笑っていなかった。

 

 

俺の身体に秋の冷たい風だけが吹きつける。


「・・・・・・・・・・・・・・・・カガリ・・・・・・・・」

 

寂しさの風が吹きつける秋の日。
あと3分あったなら、きっともっといい事があったかもしれない。

 

けれど、自分の耳にかかった吐息と、香りと、胸にあったった柔らかい感触で
今日はなんだかすごくいい夢が見れそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

もちろんいつものように紙袋持参で登校したら、やはり昨日の校内放送のせいもあってか、
いつもの20%増しの手紙が俺の靴箱を占拠していた。
少し大きめの袋を持ってきて正解だ。
まるで自分が自惚れ屋みたいな気がしないでもないが・・・。

その手紙の山に、生徒会長からの手紙がないことを確認すると、心の底からの安堵のため息がもれる。
2日間続けてのおぞましい出来事は勘弁だ。
俺の精神はそれほど強くできていない。


あれだけはっきり断ったのだろうから、少しは諦めもついてくれたのかもしれない。

昨日のカガリとの別れ際の幸せすぎる出来事と、
しばらくはこの件に関してはうなされることはないだろうという安心感で、実にいい気分だ。

今日は1日、この気分で過ごせそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて、
この時の俺は、伝説の片割れの真の恐ろしさを、まだ知らなかっただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

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