結婚した当初、世の中の新婚さん達よりもずっと特殊な結婚生活を送っていた二人にとって、
本当の意味での二人きりの時間はあまり持てるものではなかった。

他人から見てみれば、十分二人だけの世界に入り込んでいるだろう!と怒られ呆れられてもいるのだが、
だからなのか、「普通の新婚さん」への憧れは結婚してから何年もたった今でさえ強くある。

 

 

カガリには夢があった。

 

 

 

 

 


☆太陽のオレンジ☆

 

 

 

 

 

 

「お願いがあるんだ」

 

「・・・―何?どうした?」

 

こんな時に、と訝しむ気持ちを努めて優しく覆い隠し、
彼女の額に一度小さなキスをしてからアスランは無骨な返事にならないよう気をつけながら尋ね返した。
脱がせかけていたパジャマの3つ目のボタンは、すぐに事を再開させるぞという意志をこめてそのままだ。

 

すると彼女はあからさまに頬を染めて視線を外すと、右手だけでこちらにこいと合図を送る。
こっそり伝えたいことがあるらしい。
何だろうと思いながらもそれにつられるかのようにアスランはカガリの口元へ、自分の耳を寄せた。

今は二人きりの空間なのだから、内緒話にする必要は何処にもない。
けれども、恥ずかしそうに、「耳、貸して?」と小声で言うカガリの可愛さに従順に従った。

 

「あ、あのな・・・っ」

 

吐息が甘くくすぐったい。
身をよじりたくなったがそれをグッと堪えて、カガリの声に耳を傾けた。

 


「明日は早起きして―――   ・・・」

 

「・・・え?」

 

「だ、だからぁ・・・!」

 

今度は耳まで赤くなったものの、声は先ほどよりかは少しだけはっきりしており、
アスランは2度目にしてカガリの「お願い」を聞き取ることができた。

 

 

 

 

 

 

・・・し、新婚ごっこがしたい・・・っ

 

 

 

 

 

「・・・」

 

 

 

 

 

 

目をぱちくりさせて言葉をなくしたアスランに、カガリは、やっぱり・・・と思いつつも、
どこか諦め切れずもう1度意を決して尋ねてみた。


「だ、ダメか・・・?新婚ごっこ・・・」


言えば言うほど、子供じみたお願い事を真剣にしている自分が恥ずかしくなってくる。
声は次第に消え入るようになり、それでも、それでも、とわずかな望みをかけてアスランをじぃっと見つめ返した。
アスランが、ようやくはっと我に返り、カガリに返事をしたのは、
「もういい!もうやらないからっ」
とカガリが拗ねるかのようにシーツの中にくるまった時だった。


「カガリ・・・ごめん、びっくりしたんだ。決してイヤなわけじゃなくて・・・」

「もういい!もう!」


拗ねてしまったカガリを宥めるのは大変だ。
何年も一緒にいるけれど、すぐさま機嫌を治す方法は未だにわからない。
それでもじっくり言葉を紡げば、ちゃんと答え返して笑顔を見せてくれることを知っていたから、
アスランはシーツにくるまったカガリをそっと抱きしめた。


「ごめん。・・・やろう、新婚ごっこ」


「・・・」


この一言は効果覿面だったのか、恥ずかしさで暴れ出しそうだったカガリの反論の声はぴたりと止まった。


「早起きして・・・どうするんだ?」


このまま、彼女が荒げる声をあげる前に、自分の優しさでそんなものは全て取り除いてしまおうと、
アスランはシーツ越しから何度もキスしながらカガリに語りかける。

そうして、カガリはアスランへの愛しさが恥ずかしさを超えた時、ようやくひょっこり顔をだす。


「あ、あのな・・・いつもより早起きして・・・な、」

「うん」


まだ真っ赤なカガリの頬にキスをしながらカガリの言葉全てを受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日カガリはなかなか眠れなかった。
アスランが眠りにつかせてくれなかったというのもあながち間違っていないが、
行為を終えた後のあの心地よい疲れでいつもならすっと夢の世界へ旅立てるのに、今日だけは違った。
それも全て、アスランがカガリのお願いを聞き入れてくれたからだ。

 

朝日もまだ姿を現すことのない、A.M.4:00―――

この時間がやってくれば、わずかな時間限定の新婚さんごっこが始まるのだ。
馬鹿げるほど早い時間かもしれないが、二人きりの時間を持つためにはしょうがないこと。
7時も前になれば、乳母やメイドたちが働き始め、朝食の準備にとりかかる。
休日の夕食はどんなに忙しくともカガリのお手製だが、朝食だけは日に関係なくきちんと用意してくれるのだ。
もちろん、家族のプライベートルームのようになったこの屋敷の一部分には、不文律かのように誰も立ち入る事はないのだが・・・
誰に似たのか早起きが苦手ではない子供達も元気に起きて騒ぎ出すからこの時間でなくてはいけないのだ。

いつもは7時に設定してある目覚し時計を、今日だけは3時間早くセットしてある。
遠足前の子供みたいに、カガリはこの時計がいつ鳴るかとドキドキしていた。

隣では気持ち良さそうに行為後の疲れに身を委ねて眠りについている愛する人。

起こしてしまうのは可哀想だが、今日だけ、このワガママを聞き入れてほしいとカガリは思った。
もっとも、眠りにつく前のカガリのお願いをすでに全て聞き入れてくれたからこそ、目覚まし時計は4時に鳴るのだが。


・・・あと、5分、くらい・・・?


そわそわ騒ぎ出す心を難とか静めるように時を数えてみる。
それでも鳴り始めた興奮を収めることは難しかった。

 

 


PiPiPi...

 


・・・時間だ・・・!

 


鳴り始めたアラームの音色に、カガリは一瞬びくりと身体を震わせるも、すぐに寝たふりの体勢に入る。
隣でわずかに身じろぎしたアスランが、小さな声をあげたのに気付いたが、それも気付かないふりで。

「あ・・・4時・・・?」

アスランの口からもれた言葉に、カガリは心の中で頷いた。
鳴り続けていた目覚まし時計からかちりと音がすると、アラーム音が途切れる。
小さな欠伸が聞こえて・・・カガリは少しだけ申し訳なくなってきた。

 

 


カガリがお願いしたこと―――


それは、彼の手作りの朝食をベッドで食したいというささやかなものだった。
夜明けのコーヒーとでもいうのか。
昔、映画の中で、少し恥ずかしい男女の甘い営みのシーンの後に見た気がする。
結婚してから何年もたつのだから何度か経験してそうだったが、思い返してもそんなことは1度もなかったのだ。

焦げたパンでも卵でもいい。
彼が自分より早く目を覚まして、自分のために朝食を作ってくれて・・・
そしてそれを二人で食べる、それがカガリの夢だった。


・・・アスランだけ早起きさせて悪いけど・・・


案外早起きの苦手な彼にはちょっと難題だったかもしれない。
けれどもイヤな顔1つせずに了承してくれて、カガリはその気持ちに甘えることにした。

 


もぞもぞと動いているアスランがベッドから置きあがると、昨晩脱ぎ散らかした衣類を拾っているのか、ベッドの周りを一周した。
そうしてカガリの目の前にくると、眠ってるカガリの額にキスをして部屋を出る。
もっとも、カガリは寝たふりをしているのだから、そんなアスランの行動に人知れず赤面して。

アスランの気配が部屋からいなくなると、カガリははぁっと思いきりよく息を吸い込んだ。
アスランが近づいてくるあたりから、なぜだか緊張感とともに呼吸を忘れていた。
いきなり呼吸を止めて呼吸を再開したので頭がぼうっとしたが、それも嬉しさですぐに飛んで行った。
アスランがキスをしてくれた額を片手で撫でて、一人、小さな幸せに浸る。

 

太陽が昇るのはまだなため、部屋の中は暗い。
かといって電気をつければ起きてる事がばれてしまうし、何より、ばれてしまっては意味がない。
あくまで自分は寝てなくちゃ行けない。
そうして彼に起こしてもらうのだ。

けれど目覚まし時計か鳴る前よりずっと先に起きていたカガリは、
この暗闇でもわずかとはいえ瞳は闇に慣れ視界が広がり辺りが見渡せる。
そっとベッドから上半身だけ起きあがると、丁寧にカガリの衣服だけがちゃんと畳まれて足元近くに置いてあった。

「丁寧なヤツだな・・・」

暗闇に自分の声が思った以上に響いて、カガリははっとした。

 

ダメだ!
起きるのは、アスランに起こしてもらってから!

 

カガリはぶんぶん首を振り、またしてもベッドにうつ伏せてシーツを頭まで被り眠りに入る。
が、首を思いきりよく振ったあせいもあってか、この高揚感のせいか、どちからはわからないが眠りにつくことは困難そうだった。

 

そうして次に沸き起こってくるのは、好奇心。

 

アスランがどんな顔してキッチンにたってるのか・・・気になってしまえば止まらない。
我慢できなくなった行動派のカガリは、ベッドのシーツを引っ張るようにして身体に巻きつけ、
極力足音や物音をたてないよう気を付けながらアスランがいるはずのキッチンへと向かった。

 

そうっと、そうっと、と心の中で言い聞かせてキッチンへ。・・・

 

その部屋のの明るさが目に入り眩しさに目が眩んでしまった。

1度ぎゅうっと目をつむってそっと瞼を開くと・・・
そこには、ちゃんとエプロンを身につけた、彼の姿。
フライパンの近くには卵が用意されてあり、どうやら卵はやはり朝食作りの必需品らしいとわかる。
一人で過ごす時間が多いといっていたアスランは、決して料理ができないわけではない。
けれど結婚してからは一人で作る機会もなくなったせいか少し手間取っている様子が覗える。
なんせ彼が一人でキッチンにたつのは本当に珍しいことだ。
夕食作りは言わずとも手伝ってくれるのだが、こうやって料理する背中をただ見ているだけなのはカガリにとっても初めてのことだ。

・・・かっこいいなぁ・・・

など、普段では口にできないことも今なら素直に言えそうだ。
男の料理する姿にはときめくと、そういえば何処かで聞いたことがある。
カガリとて普通の女のコたちとは違った境遇であっても、少しばかりミーハーな子たちのお喋りも気になる、そのへんは普通の女のコで・・・
そんな噂を今、身をもって体感している。

 

ふと、アスランがきょろきょろ不思議な動きを繰り返す。
右手が上にいったり下にいったり・・・どうやら鍋を探しているらしい。

左手にはミルクのパックが握られて、ミルクを温める鍋を見つけているところだと気付く。
どうやら夜明けのコーヒーならぬ、夜明けのミルクたっぷりカフェオレらしい。
ブラックコーヒーだって飲めないわけではないが、それほど好きではないことを彼はちゃんと知っていてくれてか、必死に雪平鍋を探している右手も愛しくてたまらなく見えた。


隠れてこっそりアスランの姿を見ていたカガリはその姿に微笑みながら、そっとその場を後にした。

 

 

 

 


またベッドに潜り込んで・・・時折寝返りを打つ。
まるでこのドキドキしている気持ちを沈めるかのように。
けれど押さえ切る事などできなかった。

四苦八苦しながらも、自分のために何かしてくれている旦那様のことを思うと、思わず顔がにやけてしまう。
嬉しくて、あったかくて幸せで・・・

ただ、愛し合った翌日に、彼の手料理をお行儀悪くベッドでいっしょに食べたかっただけなのだ。
これのどこが新婚ごっこなのかと問い掛けられれば提案したカガリでさえ明確には答えられない。
それでもうっすら考えていた一般家庭の新婚の図に、結婚する前からずっとずっと憧れていたのだ。

その夢が今、わずかな時間限定だとしても叶っている事に、とてつもない幸せを感じる。

自分の旦那様は、こんな馬鹿げたお願いごとでも笑顔で叶えてくれる―。

それはなんと幸せなことなのだろう。

 

 

こんなにも大切に愛されて―――

 

 

 

 

 

 

 


カタンと、音がした。

アスランが戻ってきたということはすぐわかる。
部屋の電気がぱっとついたのだ。それは瞼を閉じていても感じる明るさでわかった。
一瞬だけびくっと身体が動いてしまったかもしれないが、幸いにも気付かれていないだろう。
カガリは目を瞑って、予定通りに寝ているふりをした。

 

「カガリおはよう。・・・朝、だよ」

かちゃんと音がしたのは、サイドテーブルに朝食をトレイごと置いたからで、
朝、というまでにほんの少し間があったのは、まだ太陽が姿を現していないからだろう。
それもあとわずかの時間で眩しい朝日にあえる時間かもしれないが、今はまだ暗闇の中だ。

「カガリ・・・起きて?」

アスランが自分の顔を覗き込んできているというのが何となくわかった。
彼が、あと1回、「起きて」と言ってくれたら目を開けようと思っていたら、なかなかその言葉はかからない。

不思議に思い、カガリはそうっと薄目を開いてアスランの姿を確認した・・・

 

 

すると・・・何と言う事か、彼は肩を震わせて笑いを堪えているではないか。


「ちょ・・・!なんで笑ってるんだよぉ!」


カガリはがばっと起きあがる。それと同時に、堪え切れなかったものが爆発するかのようにアスランは笑い出した。


「くく・・っ!はははは!」

「ちょ・・・アスランってばぁ!なんだよ〜!」


何故彼が笑っているのかわからない。
カガリは笑い出したアスランの肩を揺さぶって問い掛けた。


「だってカガリ、今すごい・・・顔してたぞ?」


いまだに肩を震わせながら彼は笑う。

「口の端が両方思いきりあがってた」

くっくっと彼が笑いながら言葉を発す。
その答えに、カガリの顔をみるみるうちに紅くなって、勢いよくシーツを頭まですっぽり被って自分の姿を隠した。

恥ずかしい!恥ずかしい!

自分は完璧に寝たふりをしていたつもりだったのに・・・
どうやら嬉しさのあまり、それが表情に思いきり出ていたらしい。
一体自分はどんな顔をしていたのか・・・きっとにやけただらしない顔のはず。

「ごめん、カガリ・・・」
「いやだ!許さない!」

怒ってるというより、恥ずかしさのあまり意地になっているだけだと、アスランはもちろんカガリも自分で気付いていた。
けれどこういう時素直じゃない自分はうまく言葉を紡げず、怒ったような口調になってしまう。
それに落ち込みつつもアスランはそんなカガリを愛していて・・・すぐさま姫君のご機嫌とりへ。


 

「お詫びに、夜まで新婚ごっこしよう?」


 

その一言は、カガリの気持ちを揺さぶったようだ。

 


「晩御飯も俺が作る」

 

「・・・それじゃダメだ」

 


まだ日も昇らない、暗闇の中。
ひょっこりシーツの中から現れる、アスランの太陽。

 

 


「晩御飯は一緒に作るんだ!」

 

 


彼女なりの新婚の定義に微笑みながら、太陽にキスをする。
太陽は赤くなる。

意地っ張りだけれど、すぐに笑顔を取り戻してくれる彼女が大好きだ。


 

 

もっともっと笑ってほしいと、アスランが差し出したのは甘くてほんのり酸っぱい香りのするオレンジジュース。


雪平鍋は結局見つからなかったみたいらしい。
カガリはくすりと笑ってそのグラスを受け取った。

グラスに波々に注がれたオレンジジュースが、手渡されるのと同時にわずかにカガリの肌に零れ落ちる。
そのまま真っ白なシーツに零れ落ちて染みを作り・・・
でもそんなことは気にならないほどに、この時間がいとおしくて。

 

オレンジジュースを一口飲み込んだカガリからグラスを奪い、アスランは口付けた。

 

広がるオレンジの香りより、どんな美酒より、
彼女から香るもののほうがずっと甘くて美味しい。

 

 

 

 


アスランの作った朝食は、「新婚さん」らしく、
朝の二人だけの甘い時間の後にこそ、カガリのお腹を満たせてくれる事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

END

 


復帰第1作は家族話とみせかけてほぼ新婚さんでした!
およそ2ヶ月ぶりの新作です・・・ね。毎度おなじみパターンですが(汗
お待たせしてすみませんでした・・・!
ENDとしてますが微妙に続いて次は裏です〜!(GW限定表に掲載いたします)
新婚さんごっこを楽しむバカップル万歳!

子供の年齢はあえて出しませんでした。
アスカガはまだ20代設定でも30代でも40代でもどうぞ!(笑)

 

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