「シン・・・」

 


「・・・っ」

 


かけられた声に、俺はどんな反応をしたのだろうか。
突然の事で目にたまっていた涙が零れてしまっていたかもしれない。
顔を上げると、さっき俺の前から姿を消した兄貴が俺の目の前に立ち、その手で何かを包んでいた。


「兄貴・・・それ・・・」


「女々しいよな・・・諦めるって言ったばかりなのに・・・」


手の中にすっぽり収まるそれは、彼女がいない俺にとって縁のないものだけど・・・
はっきりわかった。指輪のケースだ。
兄貴がそれを愛しそうにそっと開けた。

 

「・・・クリスマス、女性に贈り物なんて、これしか思い浮かばなくて・・・」

 

俺の目にはっきり映った、小さな赤い石が嵌め込まれた指輪。

 

「結局、渡せなかったけどな」


パタンとケースを閉じながら呟いたその言葉に、また涙腺が緩みそうになる。
兄貴の大きな手に包み込まれたその指輪は、輝く紅いルビーらしき石が埋め込まれていたようだ。

座り込んだ状態で一瞬だけしか見えなかったせいかその石がはっきりルビーかどうかはわからないけれど・・・

兄貴の想いが伝わって来る。
石にも花のように込められた思いの言葉があるらしい。
花言葉でさえわからない俺がそれぞれの宝石の意味なんて知るはずもないけど・・・

それでも兄貴の想いが伝わってきたんだ。

 

・・・だから・・っ、そんな大切なもの・・・
いつまでも自分の手の中で温めてどうする!?

 

「兄貴・・・!それをカガリさんに・・・っ」

 

俺が兄貴の背中を押すようにしてやっとの思いで声をかける。
これからが兄貴を奮い立たせることができるチャンスだってのに、

 

 

ピンポーン

 


とこっちの状況を知らず暢気にインターホンを鳴らすヤツ一人。


「くそ・・・っ」


・・・一体どこのどいつだ!今から大事な話するってゆーのに!!

いつもの俺なら即無視決定だが、
・・・実はこの絶妙なタイミングでインターホンを鳴らす人を俺は一人だけ知っている。
まさか約束の時間には早い気がするんだけど・・・


俺は立ちあがり、玄関へ向かう。
もし思ってる人物と違うやつだったら・・・新聞の勧誘なんかだったりしたらぶっとばしてやる!!

 

「どちらさまでっっっ」

 

大声とともに同じくらいの勢いでドアを開けた。


そこに居たのはやっぱり新聞の勧誘・・・・

 

 

 

ではなくて、

 

 

 

 

「よ!」

 

 

 


眩しいほどの笑顔で挨拶するカガリさんだった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・やっぱり・・・。


 

「カガリさん・・・」

 

「す、すまない。少し早かったよな」

 

いつもの俺らしくなく項垂れたように口からもれた言葉に、
カガリさんは何か誤解したのか俺が怒ってる様子だと思ったようだ。

丁寧に頭を下げ謝る彼女を気遣ってやるべきなんだろうけど今はアホ兄貴のことでいっぱいいっぱいだ。


そしてこれこそチャンスなのだろう。

 

「いえ・・・そうじゃなくて・・・ちょっと待っててください。1分したら入ってきてください」

 

そう言い俺は1度ドアを閉めるとリビングに戻っていく。


そこには、カガリさんの来訪・・・
いや、降臨の気配を感じ取り一人慌てふためいてる兄貴の姿。


「し、シン・・・!俺はどうすれば!?か、隠れてればいいか・・っ!?あ・・・!く、靴・・・玄関に・・・!!」


おまえは浮気現場を発見されそうな俺の愛人か!
どうすればいいのかなんて、答えは一つだろう!


「カガリさんに会え!!そしてそれを渡せっっ、そして告白しろっっ」


「そ、そ、そそそそそそそんな・・・!」


その白い顔が青く染まっていく。
いきなりやってきた最大にして超難関難問の試練についていけないと言った表情だ。

もう好きで好きで好きで好きで好きでたまらないくせに!!
いい加減、腹くくれ!!!

俺がカガリさんを好きではないって知ったんだから、迷う事なんてないだろう!

 

そう伝えようとすると、先に玄関からお邪魔しますという元気な声が聞こえてきた。
その声に、兄貴の身体は瞬間冷却。


「シン・・・60秒たったぞ」


細い左手首にある腕時計を律儀に確認しながらカガリさんがリビングへ入ってきた。
俺の前にカチコチに凍った兄貴を発見すると、いつもの笑顔で


「こんにちは、お義兄さん」


と一声かけた。

お義兄さん、の言葉はさらにマイナス世界へ誘ったようだ。
それでもヤツはなんとか笑顔を作ろうとしている。
左の頬が引きつりながらも気持ち悪い笑みを浮かべているその必死さは評価しよう。
にしてもカガリさん・・・罪作りな人である。


「そうだ、シン。この間調べた身長と3サイズでウエディングスーツを作ったんだ!」


カガリさんがしてはほしくない結婚の話題をいきなり振ってきた。


しまった。


そっちの話はまずはどこか遠いところへ置いといて兄貴の告白を優先させるつもりだったのに・・・。

けれどこのままカガリさんをほっとくと、ただでさえ永遠の冬眠につきそうなほど凍えてる兄貴を、
これ以上凍らせてなるものか、と俺は意気込みカガリさんと向き合うことにした。


そんな決意を知らずカガリさんはにこにこ話題をふってくる。


「おまえのスーツ姿、楽しみにしてるぞ!」


「そ、そうじゃなくて・・・!」


「紋付袴のほうがよかったのか・・・」


兄貴と同レベル!?

やっぱり兄貴と付き合ったほうが絶対絶対絶対いい!!!
俺はもうこのテのタイプは遠慮したい!!!!

 

 

そんな俺の内なる願いを察せず、
兄貴が絶望の淵に沈んだまま、視線も合わさずにカガリさんに、そして俺に言葉を向ける。

 

「やっぱり・・・シンを好きなんですね・・・」

 

どこをどう聞いたらそうなる!?
っていうかちゃんと事の経緯を説明しておけばよかった・・・!

俺がカガリさんを好きじゃないことはさすがにもうわかっているだろうけど、
カガリさんが俺にベタボレだとか勘違いしてやがる!!
本当は政略結婚みたいなもんなのに・・・っ

 

「よかったじゃないか・・・シン。カガリ・・さんは、おまえを好きなんだぞ・・・」

 

あぁ、もう!いつまでもグダグダグダグダ!!
俺のさっきの言葉を信じないのかおまえは!!!

いいからおまえが好きだって言えば、それでいいんだよ!!!

 

 

あんまりにも頭にきて、ムカついて、


殴ってやりたくて、

 

蹴ってやりたくて・・・

 

 

 

俺はこの気持ちのまま、叫んだ。

 

 

 

 


「俺は!カガリさんを好きじゃなーーーいっっっ!!!」

 

 

 


しんと静まり帰った室内に、俺の声だけが大きく響いた。
近所迷惑と後で怒られるかもしれないなんてことさえ忘れてしまうほどに、
言えた充実感が勝ってしまう。

例えどんな理由があれど
結婚してくれ!と言ってくれた相手を前にする言葉じゃないのはわかってる。


でももうこうするしかなかった。
これでカガリさんは俺を諦めてくれるだろう。


・・・俺を諦めてくれ、なんて、男なら1度は憧れる台詞だったのに、
こんな場面で使わなくてはならないとは。

 


「・・・わかっている。おまえが私を好きではないということくらい」

 


ゆっくりカガリさんは背を正しながら俺に向き直り、真摯な瞳で訴える。
まっすぐすぎて眩しくて、でも目をそらせなくて・・・俺は見惚れてしまった。

 


「・・・シン!けれど私はおまえを諦めない・・・!!」

 

 

静まりかえった室内に響く、凛とした真っ直ぐな彼女の熱い宣言に、

俺は目と声を奪われた。

 

ご、後光が放たれていた・・・!!

 

カッコイイ・・・・・・!!

かっこよすぎる、この人・・・!!すげーーー!!!!

この人が俺の兄貴だったら、やっぱ毎日どれだけ幸せだったことだろうっ!?

 

 

小さな感動が俺を胸いっぱいにさせる。
夢見た本当の兄貴が俺の目の前にいるような気がして、俺はその胸に飛び込み、

「アニキ、一生ついていきます!!!」

と言ってしまいたくなるほどである。

俺の本当の兄貴は彼女の足元にも及ばない。比べるだけ失礼だ!

 


「・・ステキ・・カガリ・・・さ、ん・・・っ」

 

おまえ見習え!!!!!

男前な彼女にうっとりしながら呟くアホな男一人が本当の兄弟ってことに
項垂れてもいいですか。

 

 


でも俺も彼女に見惚れてる場合じゃないんだ・・・っ
もしさっき思ったように飛びついてでもみろ!
やっぱり好きなんだってことになるじゃないか!


くそ・・・っ
こういう場合どうすればいいんだよ!?


兄貴に助けを求めてもダメだってことはわかってるのに、
途方に暮れた俺がついついヤツへ視線をやってしまったばかりに・・・
兄貴は何をどう勘違いしたのか俺に微笑みかけると、寂しそうにカガリさんへと言葉を切り出した。


「カガリさん・・・シンは高校生だし・・・っ身長も高すぎないし、怒りっぽくて高血圧の3高です・・・ッ!
だから、君をきっと、誰よりも幸せにできる・・・!!!」


それ誉めてねー!!!ってゆーか違う!!!!


アホ兄貴は気付かない。気付くはずもない。
このアホがたった一人の弟の心中を察することができるほどできた男であれば、
この問題はこんなにも大きく変な方向には膨らんでいなかったはずなのだから・・・!


「さ、さよう・・・なら・・っ、
カガリ・・・っうぅ・・・!うぅぅううううううっ!!!!!」


思った通り、兄貴はサヨナラというコトバで言いたいことだけ言って
後は若いお二人でご自由にどうぞ〜とばかりに乙女泣きをしながら走り去っていった。
そんなアホの後姿を何も言えず俺は見送ってしまった・・・。

 

否、言葉を失い立ち尽くしてしまった・・・。

 

 

 

 

 

 

NEXT

 

 

 

 


 

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