☆★☆アストロ物語。☆★☆

だいじゅうわ:・・・(アストロおやすみちゅう)

 

 

 

 

時計の針が新しい日を指し示す時刻、
真夜中と呼ばれるその時間にアスランはカガリの部屋の扉をノックした。
カガリからの返事はない。
そういう時は合い鍵を使って扉を開けるのだが、それも手慣れたものだ。
いつもこっそり忍びこむだけあって、合い鍵がなくともヘアピン一本あれば十分だろう。
これだけ設備の整った屋敷の中で、カードキーじゃないことがありがたい。
夜這いの時はいつもそんなことを思ったりしたのだが、
今日カガリの部屋を訪れたのはそんな邪な考えにそそのかされてではなくて・・・

「カガリ・・・寝たのか?」

部屋に入り後ろ手で扉を閉めると、ベッドに近づいていく。
カガリが横になったまま振り返ったのが暗闇でもはっきりわかった。

「アスラン・・・ごめん。今日はしたくない」

そう言うと、シーツの中に丸まるようにしてもぐりこむ。
申し訳なさそうに謝るカガリの身体を、アスランは何も言わずそっと抱きしめた。

「あ・・・アスラン・・・!?」

「うん・・・。何もしないから、2人でちゃんと話をしよう」

アスランは自分の身体もベッドへと横たえた。
その声はとても優しく・・・スプリングが軋む音さえも、カガリには優しく聞こえた。

「アスラン・・・」

堪えていた涙が一筋頬を伝って滑り落ちて行く。
枕を濡らした涙が乾くよりも先に、アスランはカガリの瞼を撫で微笑んだ。
遠まわしに尋ねるのはやめよう。そう決めてこの部屋に来たのだ。

「・・・どうして元気がないんだ?」

「・・・!」

核心にせまっている言葉に、カガリはぎゅっと目を瞑った。
そうして何も答えずにそのままでいても、アスランは責めることなくただじっとカガリの言葉を待つ。
その間も流れる涙を優しく拭いつつ、いつ瞳を開けてもいいように、
アスランは愛しさをこめて微笑みながらカガリを見つめ続けた。

 

そうしてるうちに、カガリがそっと口を開く。

「・・・アストロは?」

「今、電源を切ってある。俺の部屋にいるよ」

「・・・え?」

アスランがアストロの電源をオフにしてしまうのは、メンテナンスを除いて初めてのことだった。
どうしてか?なんて疑問を持つこともない。
きっと彼は自分ときちんと向き合って話してくれるためにそうしてきたのだろう。
だからカガリは正直に、今の気持ちを伝えることにした。

 

「・・・アストロを、手放そうと思うんだ・・・」

 

「・・・アストロを!?」

 

思っても見なかった言葉に、アスランは目を見開く。
カガリはアストロを本当に可愛がっていたとばかり思っていたが・・・
何か気に食わない部分でもあっただろうか。
けれど、カガリが今だ泣き止まずぽろぽろ涙を零してるのを見て、別の理由があると気付く。

 

「・・・泣きながら・・・どうしてそんなことを言うんだ?」

 

責めるつもりはなかったのに、カガリの頬をさらに濡らす涙を見て、
アスランは慌ててもう1度、何度も何度も頬をなでながら涙を拭う。
いつもなら「アストロ」の名前をだされるとほんの少しの嫉妬に駈られるものの、
今はそんなことさえ忘れてアスランはカガリの次の言葉を待つと、
カガリはアスランのそんな些細な優しさに胸をいっぱいにし、
落ちついて喋り出すことができた。

 

「・・・この前、アストロを連れて孤児院に行ったとき・・・」

 

「うん」

 

やっぱりあの日か・・・。
アスランが思う、カガリの元気がなくなったのは確かにあの時だった。
けれど理由まではわかるはずなく、アスランは頬を撫でていた手を髪へと滑らせ、
金糸の美しい髪を「よしよし」するように触れてみた。

 

「あの日・・・な。私とアストロ、少しの時間だったんだけど、子供たちといっしょに遊んだんだ」

カガリの話が始まった。

「そうしたら子供たち、アストロと本当に仲良くなって・・・帰る時には泣き出してしまう子もいて・・・」

その言葉で、アスランはカガリが泣いている理由に気付いた。
けれど話し始めたカガリの言葉を遮ることなく、ただ相槌を打つかのよう耳を傾ける。

「・・・この子たちは、本当にアストロが好きなんだ、ってそう思った・・・。アストロだって、楽しそうだった・・・!」

カガリの言葉は、心からアストロを好きな者としての言葉だった。
それが痛いほどにわかる。

「私は・・・仕事がある時はアストロといっしょに遊んであげることができない。
アストロはまだ生まれたばかりの子供みたいなものだ。
でも私は子供じゃないから、いっしょの気持ちになって遊んであげられないし、
忙しい時は独りぼっちになってしまう。」

「あぁ・・・」

 

そうなのだ。
アスランは昼間の出来事を思い出す。
一人で積み木遊びをしていたアストロ。
今日はアスランの手が開いていたからアストロといっしょにいることができたが、
いつもそうしていられるはずがなかった。
それはカガリの絶大なる信頼をおける乳母マーナにしたって同じ事。
アストロの面倒を誰一人として見ることのできない時間だってあるはずなのだ。

「・・・だから、だから私・・・アストロを孤児院のみんなに預けようと・・・!」

「カガリ・・・」

しゃくりあげるようなすすり泣く声に、アスランは胸を締め付けられる。
強く抱きしめすぎないよう気を付けながらカガリの身体を包み込んだ。
アスランだって、アストロを追い出したいわけじゃない。
むしろ、可愛い子だ。ずっと一緒にいてあげたい。
しかしカガリの言う通り、アストロは子供そのものの存在と言っていいだろう。
そんな子を、何があるかもわからないのに一人ぼっちにさせるわけにはいかないし、
かといって四六時中一緒にいられるわけでもない。

 

アスランも、カガリとおんなじ考えを頭に浮かべた。

「・・・カガリ、よく聞いて」

「・・・・・うん」

アスランが柔らかくそう言ってくれて、カガリもアスランに視線を合わせる。

「アストロを孤児院のみんなのところへ預けよう」

「・・・・」

自分から言い出したことだとはいえ、やはりカガリには少しの戸惑いがあった。
可愛いアストロを手放すことなんてできないのかもしれない。
アスランに、そんなことしなくてもいいと言われたかったのかもしれない。

けれど、いつも欲しい言葉をくれるアスランが、今回に限ってカガリの願い通りの言葉をくれなかった。
それは意地悪からでもないし、アストロが邪魔だからということでもないのがわかる。

 

アスランは、本当にアストロのことを考えてそう言っているのだ。

 

「あすら・・・ん」

 

「泣くな、カガリ。大丈夫、永遠の別れじゃないんだ。
わかるだろう?アストロはいつまでも俺とカガリの家族だよ?」

 

「アスラン・・・!」

 

今度はカガリがアスランに抱きつく番だ。
逞しいその腕の中へ、押し倒すかのようにぎゅうっと飛びついた。
アスランはその華奢な身体を受け止める。
のしかかってくる重みも心地よくて嬉しいし、
カガリが自分にこうしてくる時、それは幸せだとか嬉しいだとか、そんな気持ちの時だと知っているから。

カガリは決意したのだ。

 

「私・・・私、アストロをみんなに預ける・・・!」

 

「・・・カガリ、そうか。わかった」

 

抱きしめ合い、伝わる温もりに安堵する。
カガリはずっと自分自身を苦しめてきた悩みがすっと何処かへ消え去って、
あんなに悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えた。

 

 

アスランの言う通りだ。
アストロは、何処にいたって私たちの家族、


アスランが私に贈ってくれた可愛い子―――

 


「アスラン、ありがとう!私、寂しくないぞ・・・!」

「あぁ。明日、アストロにきちんと話をしような」

「うん・・・!」

アスランがまた「よしよし」してくれた。
カガリはこれが大好きだった。

 

本当は、2人きりになるためだったらアストロの電源をオフにすればいいだけのことなのに、
アスランは決してそんなことはしなかった。


自分とアストロが仲良くしてるのを見て、怒ったり、拗ねたりしたって、
いつだって自分や周りを1番に考えてくれる、ちょっとだけ不器用な人―

 

「アスラン、大好きだ!」

アスランのことが大好きなのだ。

「いっぱいいっぱい大好きだからな!」

「か、カガリ・・・っ!」

 

感激で今度はアスランのほうが涙しそうだった。
それをグッと堪えると、今度は抑えていた邪な気持ちが湧き上がる。
ダメだと言い聞かせて、自分の上にのっかっていたカガリをそっと隣へ移動させた。

まるで母親のように、カガリの髪を一撫でしてから理性を総動員させて微笑みかける。

「今日はもう寝よう」

「うん!」

「・・・俺が子守唄うたってあげる」

「アスランが!?」

「あぁ。・・・コホン。♪とおくぅ〜はなれぇてぇえーるぅほどにーぃい、ちかくぅにかんじてる〜〜ぅ〜ぅ」

「ヘタ!」

「カガリまで!?」

ケラケラ笑いながら言ったカガリを見て・・・アスランも幸せな気分になる。
そしてカガリも、こんな素敵な恋人をもってとっても幸せなのだ。

少々、歌が下手でも、この歌声が1番心に染み渡る。
幸せなんだと実感させてくれる。

そうして恋する乙女はどこまでも貪欲で、そのうち歌声だけでは足りなくなった。

 


「・・・・なぁ・・・。・・・しよう?」

「え!?」

「ほーら!!」

「えぇ!?」

 


案外、いつだってリードを握ってるのは、恋する乙女のほうかもしれない。

 

 

 

 

 

 

つづく。

 

 

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